「まだ戦いの途中ですが…」 匿名希望 31歳

 この7月で松本医院に通い始めてから丸4年、とうとう5年目に突入しました。とはいっても、私はあまり真面目な患者ではなく、途中勝手に止めていた時期もあり(さすがにステロイドは使っていません)、本来なら今頃は完治した!という手記を書いていたかもしれないのに、まだ中間報告しかできません。(完治するまでにどれだけ時間がかかるかは、その患者さんのアレルギーの強さと、来院するまでにどれだけステロイドや抗アレルギー剤をを使って免疫を抑制したかの度合いによって決まります。さらにステロイドの場合は、どれだけ皮膚の細胞を変性したかの度合いにもよります。)

 私が松本医院でお世話になるようになったのは、紹介ではなく、就職してから高槻で一人暮しを始め、駅の近くで会社帰りにも行けるからでした。私の親は転勤族だったため、日本全国のいろいろな小児科・皮膚科に行きましたが、どこでも「アトピーだから大きくなったら治るでしょう。」と言って、ステロイドの塗り薬をくれるだけでした。(国民皆保険が始まる昭和36年までは皮膚科はほとんどありませんでした。それまでは皮膚・泌尿器科として主に性病による泌尿器の皮膚の病気を治療していました。ステロイドもありましたが、自由診療で高価で一般市民も医者も使うことができなかったのです。またアトピーも重篤ではなかったので放っておいたら治ると医者は言い、その通りになっていたのです。しかし昭和36年以後、ステロイドも国民皆保険で安く使えるようになり、いつのまにかアトピーもステロイドの為に治らない病気になってしまったのです。)だから私もそういうものなのかなと思い、湿疹ができるとステロイドを塗るという日々を送っていました。高校生になる頃には、何故か体の湿疹はできなくなりました。でも指だけは治らず、大学でも仕事でも実験をしていたので、薬品にかぶれるから仕方がないとステロイドを塗り続けました。それでたまたまステロイドが無くなったので、またどこかの病院に行かなくてはと思った時に偶然見つけたのが松本医院でした。どこの病院でも同じようにステロイドを貰うだけなので、行き付けの病院なんて必要ありませんでした。結果的には、それで松本医院に出会うことができました。(この患者さんもステロイドの恐さを何も知らずに使い続けてきたために、完治までに長い時間がかかるのです。)

 初めのうちは、ステロイドを止めたらリバウンドが来ることも知りませんでした。手記によると皆さん看護婦さんから説明を受けたりされるようですが、私は何故かそれもなく、先生から「絶対治る」と言われただけで、本当に治るのか不安(不満?)でいっぱいでしたが、診察室に入るとパワフルな先生に圧倒され、握手して帰るだけでした。今、先生の本を読ませて頂いて、初めて、こういうことだったのか、と目からうろこが落ちる思いです。もっと早く先生にちゃんと質問していれば、休むことなく続けて通院することができたかもしれません。(私はおしゃべりですから必ず説明しているはずですが、この患者さんは初めからステロイドの恐さを知らなかった為に関心が無かっただけのようです。)ただ、こんな回り道も、この先治療を受ける患者さんが辛かったり、薬を煎じるのが面倒になったりしたときに(私の場合どちらかといえばこれがさぼった主な理由です。)、何かのお役に立てるかもしれませんね。

 そんなわけで、5年目の今も辛い日々は続いています。この4年の間に結婚し、子供も生まれました。今は、壮絶なリバウンドの頃を思うと穏やかな毎日ですが、それでもすごく痒いときに子供に泣かれるとこっちが泣きたいくらいです。ただ、この子には私のような思いはさせなくてすむ、というのが救いです。(もちろんステロイドを塗らないからです。)

 ここまでこられたのも支えてくれた家族のお陰だと思います。とても自分だけでは乗り越えることはできませんでした。だから家族の方にこそ、ぜひ先生の本を読んでいただきたいのです。私の場合、母を納得させるのがちょっと大変でした。もちろん今は大丈夫ですが。(本人がステロイドの恐さを知るのに、これほどリバウンドを起こし、これほど長くかかってやっと気が付くくらいですから、子供のときからステロイドを使わせた母親が理解するのは非常に難しいことです。昔の人は医者が悪い事をするはずが無いと思い込んでいますから、余計に医者の使ったステロイドの副作用を知ってもらうことはさらに難しくなります。)

 まだ完治したわけではないので、具体的な闘病記のようなものは松本医院を卒業するときに書かせていただきたいと思います。その日が今から楽しみで仕方ありません。今度こそもう来なくて良いと言われるまで頑張りますので、先生よろしくお願いします。(薬の副作用を告げなければ罰せられるという法律ができる日が来ることを祈ります。)