「治った!!よかった!!」 Y.I. 68歳 女性
長野県
2003年10月15日
発病は、H15年6月。5月下旬より、疲労が重なり、「無理し過ぎたかなあ、休養すれば、すぐに治る。」と思っていました。
そのうちに、膝の痛みで整骨院へ。間もなく異変?手首の関節まで痛くなり、腫れ歪み、更にこわばり・・・・・「これはおかしい、もしかしたらリウマチ?こんな年令でも?身内には、誰もリウマチはいない。ともかく、検査をせねば」と、整形外科へ。
レントゲンを撮り、「異常はないが・・・・・」と、はっきりした病名もなく、「膝が腫れているから。」と、水を抜き、あっという間に、注射1本。これは、知らぬが仏で、ステロイドであったのです。「どうしてステロイドだと、告げてくれなかったのか。私も聞けばよかった・・・・・」後の祭りです。私は、ためらいもなく、整形外科に通うのを中止しました。リウマチで苦しみ、副作用で病み、やがて障害者となった人を、知っていたからです。
「それから、さあ、どうしよう・・・・・」暗中模索の日々。「リウマチは、不治の病という。免疫調整剤・免疫抑制剤は使いたくない。漢方では治らぬ、気休め程度で、西洋医学と併用する程度と、立派な医学博士が明言されている。私は、どうすべきか。少し様子を見て、我慢し、放置し、自然治癒力を待ち、治るだろうか、進行するかも知れぬ・・・・・」焦りと痛みの中、療養機関へは行かず、治療方針の定まらないまま、悶々とした日々。「何とかせねば、でも決心がつかない。」
そして私の場合、症状が急速に悪化したのです。手首の腫れ・痛み、膝の痛み。歩行は勿論、腰の痛みで、寝返りも、起床も不可能。介助が必要となってしまい、洋式トイレもままならぬ状態。痛みで、夜も目が覚めるのです。自分の始末が、出来なくなってしまいました。
絶望の淵を彷徨い、激痛に耐える日々・・・・・頼れる先生は、どこにもいない・・・・「何故、どうして?」と言っても、始まらない。この激痛・・・・・副作用を観念し、西洋医学の治療をせねばならないのか・・・・・大部分の先生は、今は昔と違って、とても良い薬があるから、大丈夫・・・と告げるであろう。でも、私は迷うばかり。そんな時、長男夫婦が、インターネットで、松本医院を教えてくれました。
「何!!何!!リウマチは治る!!日本に一つ!!漢方!!アレルギーに転換!!自然後天的免役寛容!!」
私は、飛びつきました。「嬉しい!!この先生だ!!」大阪と聞いて、また、びっくり,「余りにも遠すぎる、通院不可能。大阪へ行くだけで、丸一日かかる。高速も、老人の運転は危ない。無理か・・・・・でも、行きたい・・・・・ここしかない・・・・・一回でも行ってみれば、何とか道は開けないか・・・・・」こうして、主人の応援を得て、希望の光が見えてきました。
そして、高速で、地図を見、迷いながら9時間。老夫婦がやっとの思いで、松本医院に到着。私は、救われたのです。漢方の松本先生に。
お会いした途端、「治る」と直感しました。「よく来た、どうして分かった?絶対に治してあげるよ。」との、嬉しい一声!!「大阪まで来た甲斐があった!!万歳!!」です。こんなに確信満ちた先生、他におられるでしょうか。
帰宅後は、指示通り、治療に専念。あまたのお灸、悲鳴をあげ耐えました。プロテインも飲み、鍼もです。面会謝絶の如く、専ら治療に明け暮れました。
やがて、体中のむくみ、痒み、手足顔、これは、どうなるのか、ムーンフェイス。太っている上に、むくんでと心配しましたが、峠を越して、段々引いて参りました。そして痒み、やたらと体中。「これは、しめた、嬉しい。快復へのステップ、通過点、好転反応で有り難い。」痒みとの格闘の毎日・・・・・これも段々経過。
そして一ヵ月後は、何時の間にか、こわばりも痛みも、徐々にうすれ、快復してきました。まるで嘘のように。「こんなに早く改善されるとは・・・・・あの激痛は、どこへ行ったの?」信じられぬと、夢のようです。嬉しい限りです。絶望から、喜び・希望へと、人生が一ヶ月で開けてきました。
私の場合、悪化するのも、またたく間に早かった。以前に腰を痛めた事もあり、それが重なっての結果では、と思いつつ、あの激痛から開放され、治るのも早かった。「こんなに早く・・・・・」嬉しくて感謝の言葉がありません。松本先生との出会いがなければどうなっていたか、「出会いが人生を変える」とは、まさに至言です。
松本先生、鍼灸師の織田先生のお導き、下口看護師長様の御愛情、事務職員嬢さんの応対の優しさ・・・・・最善のスタッフの皆様にご縁があって、私はハッピーです。インターネットの威力にも、感謝しています。
良い条件が重なって、こんなに早く好転したのも、幸せでした。
●根本治療が、早期であった事
●松本医院以前に、何の治療もしてこなかった事(ステロイド注射1本だけであった事)
●子育てが終わって、治療に専念出来る状態であった事
●季節が良い時期であった事
・夏なので、漢方風呂も、何度も入れた事
・煎じ薬も夏故、ガブガブ飲めた事 (二番・三番煎じを、沢山飲めました。)
・夏なのに冷夏、暑くなく、寒くなく、明るいうちに大阪迄、初めて無事に、行けた事
こうして、名医・良医に巡り合えた幸せを、心から感謝しています。私にとって、大阪は、恩人の町になりました。あと、先生のOKが出るまで、全面快復への仕上げです。本当に有難うございました。
「快復の喜び、限りない感謝」 Y.I. 68歳 女性
長野県
2004年3月15日
発病以来10ヶ月、松本医院にご縁を頂いて8ヶ月、この冬の凍てつく厳寒にも、お陰さまでぶり返すことなく、全快の喜びを報告出来ます事は、何と嬉しい事でしょう。
健康には自信のあった私が、リウマチになりました。軽く考えていたものが、徐々に異変に気付き、手のこわばり、手首の痛み、激痛、やがて身体中の痛みで、日常生活も不可能の状態・・・・・絶望感の日々を振り返ると、まったく夢のようです。松本医院にご縁があったればこそ、こうして順調に、しかもこんなに早く快復する事が出来ました。
新薬、新薬・・・と次々進歩し開発する医学界には驚くばかりですが、副作用の心配で、心が休まりません。画期的な治療薬、治療法と耳にしますが、「本当にそれが大丈夫なのか?」と、医学に無知な私には、不安がつきまといます。平成16年1月28日付けの新聞での、「抗リウマチ薬アラバ錠が、発売以来4ヶ月で、5人の死亡」との記事には、恐怖さえ覚えます。いざとなると、患者も家族も何も分からず、お医者様に頼る以外にないのが実情です、どこへ頼ればよいのか、どんな治療を選択すればよいのか、ただオロオロするばかりです。故に、出会いの大切さを思います。命に関しては、なおさらです。私は、松本先生との出会いに、ただラッキー・・・・・感謝するばかり。どんなに有り難いと思ったか、分かりません。
病状経過は、前回の手記と重複しますので、省略します。難病とされているリウマチ、もし漢方でなく西洋的に治療していたなら、副作用の様子を見つつ、あの薬、この薬・・・・・と長く長く病院通いであったかもしれません。ステロイドの害がほんの少しで、早期に漢方治療に専念できたお陰様を、有り難く思います。
私も整形外科医に、「この病気で、副作用のない治療法はあるでしょうか?」と伺いましたら、「そんなものは、ない。」と言われました。松本先生が「絶対治してあげるよ。」と引き受けて下さり、勇気づけて頂いた時は、嬉しさで胸が一杯になりました。そして、その通りに全快致しました。
病んでおられる大勢の方々が、一日も早く大阪の松本先生に、どうぞご縁がありますようにと、願うばかりです。
どのくらい感謝しても足りませんが、心より厚く御礼申し上げます。本当に有難うございました。
