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手 記
(コメント1)
松本医院を初めて訪ねたのは、21世紀の幕開けである、2001年の1月5日でした。奇しくも、それは、私の第三の人生の幕開けでもありました。リウマチの発病以来、十数年、開かれ/ることはないと思い詰め、さらには、自らその幕を閉じようとさえ思った人生の、第三の重い重い扉を、松本先生に開けて頂いたのです。(コメント2)
生まれた時が人生の始まりで、結婚は第二の人生などと言われますが、私は今、松本先生に開けて頂いた第三の人生を謳歌しています。昨年秋よりパソコンを習い始め、箸を使うのにも支障を来たしていたこの指で、パソコンのキーボードを打ち、この手記を書いています。着物の着付け教室にも通い、ボランティア活動であちこちに出かけ、主人と車で、軽井沢に旅行も出来ました。
リウマチは難病・不治の病と言われ、ありとあらゆるものに救いを求めた私ですが、今、心から素直に、大いなるもの(神様)に対して、松本先生に出会わせて頂いた事、そして私を支え続けてくれた主人がいてくれる事を、深く感謝しております。(コメント3)
(1)発病
それはある日突然、何の前触れもなく起こりました。平成元年初夏、33歳だった私は、第三子を身ごもっており、妊娠三ケ月でした。まさに突然、左腕に激痛が襲ったのです。何の前触れも無くと書きましたが、強いて言うなら、上の二人の娘の時より、つわりが大変軽かったことでしょうか。私なりの素人考えでは、免疫システムが、胎児を異物と認識したために起こる一つの症状を、つわりとするなら、そのつわりが軽かったということは、つわりとは異なる症状で、異物を吐き出そうとしたと考えられるかもしれません。(コメント4)私の第三子の妊娠の場合は、関節からの吐き出し、つまりリウマチだったのでしょうか。
その痛みは、夜は眠れず、時として息も出来ない程でしたが、ニ・三日苦しんだ後は、嘘のように消えてしまいました。ところが、また数日すると、今度は右足、その次は右手、腰から左股関節というように、一ヶ月ほど続きました。(コメント5)
驚いて病院に駆け込むと、産婦人科から内科、整形外科と回されて、検査の結果、リウマチだと宣告されました。目の前が真っ暗になり、人目もはばからず流れてくる涙は、病院の待合室の椅子から立ち上がる力をも無くしていました。
(コメント6)
というのは、実家のすぐご近所の方で、家族ぐるみで親しくしていたおじさんが、リウマチを患い、痛い痛いと、長い間苦しんでいた姿を見ていたからです。入退院を繰り返し、何度か手術を受けたりしましたが、寝たきり状態となり、つい最近亡くなられたと聞きました。(コメント7)ご本人の辛さは見るさえ耐え難かったし、お世話されていたおばさん(奥さん)や家族の大変さも、身近でつぶさに知っていました。あの恐ろしいリウマチに、私が罹ってしまったのです。恐怖というより、戦慄に苛まれながら、リウマチ関連の本を読み漁りました。それは、皮肉にも、リウマチは、現代医学では治らないのだということを、決定的に私に思い知らせる結果となり、絶望という奈落の底に突き落としました。
しかしあの激痛の繰り返しの一ヵ月以後は、それ程の痛みに襲われることはなく、平成二年一月末に、無事出産することが出来たのです。治療は、妊娠中でしたので、飲み薬はもらわず、湿布薬だけで、出産後も母乳を与えていたので、飲みませんでした。
長女・次女と女の子ふたりの後に、主人の待ち望んだ男の子の誕生に大喜びしたのもつかの間、生まれてひと月もしないうちに、息子は重症のアトピーになってしまいました。(この息子も、松本先生のお世話になり、とても元気にして頂いております。)(コメント8)昼夜無く、全く寝付かない息子を、痛む手足で抱きかかえる日々は、生きる力を、私からさらに奪い取っていきました。主人がいなければ、私と息子はこの世にいなかったと思います。
息子の一歳の誕生日を迎え(平成三年一月)、母乳を止めましたので、再び病院に行き、治療を受けることにしました。治らないとわかっていても、病気の進行を、何としても遅らせたかったのです。(コメント9)
松本先生の理論を読ませて頂くと、一般の病院の治療を受けることは、病気の進行を遅らせるどころか、病気を悪くするのであり、その上、新たに幾つもの病気を作り出すのですが、悲しいかな、当時の私は何も知りませんでした。松本先生は、絶対ノーベル賞をもらって欲しい、こんな凄い理論を、惜しげもなくインターネットで公開され、多くの人々に無償で提供して下さっています。これには、本当に頭が下がります。松本先生の理論は、まさに『革命的で、天動説を地動説に変えたコペルニクス的転回』です。しかし、当時のコペルニクスが凄まじい迫害を受けたように、松本先生も、大変なご苦労をされておられます。それは、先駆者や天才の多くが偉大なるが故に辿る道程とはいえ、一日も早く、松本先生のこの素晴らしい真実の(正しい)理論が、地動説のように、全ての人々に当たり前になる日が来ますことを、願わずにはおれません。(コメント10)
リウマチを宣告された、自宅近くの市民病院の整形外科で診てもらい、何種類かの飲み薬をもらいました。その中に、ピンクの小粒の錠剤(コメント11)があり、医師は、「これは頓服で、痛みが酷い時に飲むように」と言いました。一度だけ飲んでみると、とてもよく効きました。でも、息子のアトピーのお陰で、ステロイドの怖さを聞きかじっていた私は、その効き目のよさが、逆に疑念を抱かせ、恐ろしくなって、それ以後は飲みませんでした。
しばらく薬を飲んでも、はかばかしくなかったので、何回目かの診察の時、「金の注射をしてみましょう。これが効く人もありますから。」と言われ、二・三回したでしょうか。(コメント12)体に赤い湿疹が幾つも出来たので、止めることになりました。医師に対して不信感が募りましたが、放っておく勇気も無く、あちこちの病院を訪ねました。
今にして思えば、当然のことながら、どこの病院も変わりは無く、逆に、自分を追い詰めることになりました。遠方にあった、リウマチ専門の病院に行ったことがありました。成る程、多くの患者さんが来ておられ、その患者さんの多くが、見るだけで、体のあちこちに障害のあることが分かる方ばかりでした。しかし待合室で交わされていた会話、そして医師の診察も、私のほんの少しの期待をも、完全に打ち砕くものでしかなかったのです。私は、その患者さんたちに自分のこれからの姿を重ねあわせ、悲嘆のうちに、その病院を後にしました。(コメント13)
何時しか病院には行かなくなり、代わりに、この頃から、クロレラだの、何とかエキスだの、いいと聞いたものは何でも試してみました。漢方薬の先生の所へ行ったり、通販で、漢方薬を取り寄せて飲んだりもしていました。(コメント14)
一年ぐらい経って(平成四年)、症状が悪化したので、やむなく、また自宅近くの市民病院に行きました。どこの病院に行っても同じだと解っていたので、家から一番近い所にしただけです。一年前の医師とは変わっていて、この病院に来られたばかりの若い先生でした。鎮痛剤と、胃腸薬と、湿布薬をもらっていました。その後、抗リウマチ剤のリマチルと、ボルタレン座薬を使うようになりました。薬が変わったり、量が増えても、病状は良くならず、痛みに苦しみながらの寝たきり生活へ、つまりは絶望という奈落の底へ行き着く緩やかな坂道を、ゆっくりと、着実に転がっているように思いました。
有名人が、自分が癌やエイズ、アルツファイマー病であることを、公表することがありますが、私は、今こうして元気にして頂くまで、決して人に病名を言いませんでした。言えなかったのです。「リウマチ = あのおじさんの姿」であり、それは、私にとって、恐怖と絶望以外の何ものでもありません。病名を言うこと(自覚し認めること)さえ、恐ろしいのでした。更には、リウマチですぐ死ぬことはないということが、かえって私を苦しめました。この強い痛みと倦怠感が延々と続くのか、しかも体の障害が進行して、人の世話にならなければ生活出来なくなり、いずれは寝たきりになる、しかし意識ははっきりしていて、痛みとわが身の惨めさに苛まれても、それでも生きているのかと思うと、堪らなくなるのです。病状(身体)の悪化のスピードを遥かに超える高速で、精神(心)の崩壊が起っていきました。私は、魂の拠り所・魂の救いを求めてさまよいました。この頃、もし、かの恐ろしい宗教の誘いがあったなら、私は確実に、その毒牙にかかっていたことでしょう。(コメント15)
平成11年四月末、右手首の滑膜除去の手術を受けました。両手首がパンパンに腫れ上がり、日常生活に大きな支障が出てきていたのです。手術後は、腫れもひいて大分楽になりましたが、半年もすると、前より腫れが酷くなり、機能障害も進んでしまいました。(コメント16)
痛む箇所が増え続けることは、勿論辛いことですが、それ以上に、どう表現したらいいのか分からない、全身の倦怠感(だるさ・しんどさ)も、耐え難く感じられました。(コメント17)整形外科である医師には、そうした全身のだるさなど、あまり意に介されない風でしたが、痛みや機能障害を訴えた箇所のレントゲンは、よく撮ってくれました。そのレントゲン写真を見ながら言われた「破壊が、随分進んでいるね。ああ、こっちもだね。手でも足でも、どこでも手術したげるよ。」との言葉には、背筋がぞっとしたものです。(コメント18)
平成11年の夏、かれこれ七年間診て頂いたその医師が、遠方の病院に移って行かれると、どういう廻り合わせだったのか、数ヶ月で、コロコロと医師が変わっていきました。ある医師は、私ではなく、分厚いカルテを一生懸命見た後、「同じ薬を出しておきますよ。」とだけ言われました。別の医師は、「僕、よくわからないんです。どんな具合ですか?大変だと思いますが、負けずに頑張って下さいね。」何と返答したらよいのか、困ってしまいました。(コメント19)でも、この医師が一番正直なのかもしれません。
この市民病院で最後になった医師は、小まめに検査をし,あちこちのレントゲンを撮ってくれました。首の後ろがとても痛くて、後ろは勿論、横を向くのも、ゆっくり、恐る恐るしなければならなりました。頚椎のレントゲン写真を撮って診てもらうと、「やっぱり、ここの所が侵されているね。」と言われました。
とうとう頚椎にまで来たか。(コメント20)首の手術なんて、絶対いやだし、痛い目をして手術をしても、無駄なことは、体験済みだ。これが、この病院を離れる決心を促した、一つ目の理由です。
二つ目は、尿検査でした。この最後の医師になってから、血液検査とともに、尿検査を二度したのですが、二回とも血尿がありました。2000年の12月半ば、その日3度目の検査でも、血尿があったのです。医師は、「たぶん、薬の影響だろう。」と言って、色々なファイルや本を見たり、何処かに電話をかけておられました。そして「今すぐには分からない。自分は、この年末いっぱいで転勤するが、それまでに調べて、あなたに連絡します。」と言ってくれました。薬の「影響」と言って、医師でない素人の私でも判断のつく「副作用」であるとは指摘せず、その上、その同じ薬を、いつものように処方されて、不信の念が沸きました。(コメント21)
でも、年の暮れのただでさえ忙しい時期に、しかも転勤されるというのに、わざわざ調べて下さるなんてと、私は大層感激しておりました。しかし、この医師からの連絡が入ることはありませんでした。検査数値としてはっきり表れた薬の副作用、それが、二つ目の決定的な理由でした。
12年前に知っていたし、分かってはいたはずの、リウマチは西洋医学では治らないという、紛れも無い現実が、私の体に、そして心にも、重くのしかかってきました。
(2)松本先生との出会い
その2000年の年末は、散々でした。頚椎や血尿の件で、心は鬱状態に陥っていたし、体調も最悪で、年末の大掃除やお正月の準備は、ひとつ片付けると横になり、またひとつしては休むという、文字通り、寝たり起きたりの生活を余儀なくされたのです。
年が明けて2001年、21世紀の幕開けに、新聞・テレビは沸き立っている中、私は、重苦しい心身を引きずったまま、あの全身のけだるさに、寝正月を過ごしました。しかし体を横にしていても、心の休まるときはひと時としてなく、常にこのままではいけない、何とかしなくては、どうしたらいいのだろうと思い巡らし、悶々としていました。(コメント22)
2001年1月5日、運命の日が来ました。その日の10時過ぎだったでしょうか、主人に相談すると、すぐにインターネットで調べてくれました。主人の「ここは、どうや。」と開いてくれたパソコンのディスプレイには、「松本医院」と大きく出ていたのです。私が「どこにあるん?」と聞くと「高槻らしいで。」(コメント23)
「松本医院」「高槻」ふたつのキーワードに、ピッと閃くものがありました。どこかで聞いたことがあると思いました。長女と次女の同級生がおられる、すぐご近所のHさんのことが思い浮かぶのに、数秒とはかかりませんでした。Hさんとは、町内の子供会活動で親しくさせて頂くようになり、次女と同級生の娘さんが、アトピーの治療で、「高槻の松本医院」に通っておられることを聞いていたのです。大変な時期があったが、今はとてもよくなっていると、喜んでおられました。そんな話の中で、Hさんが、「リウマチの人も、来られているよ。何ヶ月か前に見たときは、歩くのも靴を履くのも、大変そうだったのに、この前は、さっさと歩いてらしたよ。」と言われました。自分がリウマチであることを、決して人に知られたくなかった私は、「ふーん。」としか返事をしませんでした。しかし、耳をダンボ(ディズニーの子象)のようにして聞いたその話は、頭と心に、深くきっちりと刻み込んでいたのでした。
私は、すぐに受話器を取り、その日、1月5日が、その年の初診察日で、予約の必要はないとのこと、午後の診察の時間は、三時半からであることなどを伺いました。
私は、食い入るように、「松本医院」のホームページを見ました。リウマチ関連の所にだいたい目を通すと、主人に、「今日(その日のうちに)、松本医院へ、車で送ってほしい。」と頼みました。この時のホームページには、まだ、あの凄い理論は掲載されていなかったし、リウマチの手記も、今ほど多くはありませんでした。この時点で、私が、『理論は西洋医学で武装し、臨床は3000年の臨床経験医学である漢方を利用した、松本先生独自の漢方医学である』ことを、決して理解していたわけではありません。理屈ではなく、勘というか、直感が、松本先生が信頼するに値する人だということを教えてくれたのです。
手記に書き込まれた松本先生のコメントは、私を納得させるのに充分であったし、手記の最後にあった検査値のグラフが、手記と松本先生がニセモノ・ウソでないことを証明していました。普通の病院に十数年通って、何度、血液検査をしたことでしょう。検査数値なんて、悪くなるのがほとんどで、約九割、たまに横ばいだったり、少し良くなることがありましたが、次には、必ず上昇していました。それなのに、手記を書かれたどの方の検査数値も、途中からどんどん良くなり、最後には正常値になっているのです。(コメント24)一方、漢方の医師の所にも通ったことがありますが、そこで血液検査をしたことは、一度もありません。(コメント25)病状が良くなっているという感覚は、体でも心でも感じられなかったし、検査数値というような、はっきり目に見える形での病状の変化も、当然の事ながら無いので、不安が付きまとっていました。
松本先生に、今までのどの医師とも違う何かを感じた私は、その日の夕方、松本医院の前に立っていました。それにしても、主人がインターネットから、最初に出してくれたホームページが、「松本医院」であったことに、今改めて、ぞくぞくする程に運命的なものを感じています。幸運・幸せへの扉が開かれたのです。(コメント26)
初めて訪ねた松本医院であり、一度も会ったことのない松本先生でいらっしゃるのに、全くといっていい程に、意外に思ったり、不安を感じるようなことはありませんでした。(コメント27)
多くの人で溢れる待合室でも、手記を読ませて頂いていると、「近い将来、自分も、きっと元気になれる」との思いが、膨らんでいきました。自分が手記を書いている姿を想像したりして、思わずにんまりしてしまったものです。話は逸れますが、「ここで、絶対に治る、絶対に手記が書けるようになるんだ。」と思っていたのに、実際にそうなってみると、書かせて頂くのが、半年以上も遅くなってしまい、本当に申し訳ございません。こんなに元気にして頂き、嬉しくて嬉しくて、どんなに感謝してもし足りないと思っているのに、どうしてなかなか手記を書き始める事が出来ないのか、自分でも不思議でした。でも、ここまで書かせて頂いて、ホッとした時、そのわけに思い当たるものがありました。発病以来、松本先生にお出会いするまでの、私にとって大変厳しい十数年を書き記すのが辛くて、逃げていたのではないかと思います。松本先生に不快な思いをさせてしまい、本当に済みませんでした。(コメント28)
不安はなかったものの、私は大変緊張して、松本先生の前に座りました。先生は、やはり「治してあげるよ。」と、威勢良く言って下さいました。そして、やはり、握手をして下さいました。その手は意外に小さくて、白く細長い指でした。赤く腫れ上がっていた私の手の方が、先生の手よりはみ出しているようで、恥ずかしく思ったものです。そしてその手は、とても柔らかく温かいものでした。大きく分厚くて、硬くごつごつとした、力強い手を想像していた私は、少なからず驚きました。「松本医院」のホームページから、私がイメージしていたのと違ったのは、唯一、繊細さを物語るその華奢な手だけでした。(コメント29)
最後に、やはり大目玉を食らいました。十年もの長い間、抗リウマチ剤と鎮痛剤を使ってきたのだから、それ相応のリバウンドは覚悟の上で、松本先生を訪ねておりました。しかし、長女は高校三年生、次女は中学三年生で、それぞれの受験が目前に迫っており、それが終わるまでは、私が倒れるわけにはいきません。それで、三ヶ月間だけ、鎮痛座薬の使用をお願いすると、先生に一喝されました。そして、あきれたような、憐れむような顔をされ「俺の仕事を増やして、その分、金儲けさしてくれるんやな。」と言われました。この時の私は、松本先生の、このハイレベルのウィットを、ぼんやりとしか理解出来ませんでした。「西洋医学の薬を止めない・使い続けるということは、完治とは全く逆方向であり、その分余計に、完治までに時間がかかる、そしてその西洋医学の薬の弊害を取り除くことが、松本先生の仕事のほとんどだからである。」ということが、ハッキリわかったのは、アトピーの手記に書き込まれた、松本先生のコメントを読んでからでした。(コメント30)
診察の後、看護婦さんに血液検査をして頂き、鍼灸師の織田先生に、初体験である鍼灸治療をして頂きました。痛くて動かし辛かった首が、なんだか軽くなったような気がしました。そして、家でのお灸のやり方を教わり、漢方薬を頂いて帰ったのです。
(3)松本先生は、私の救世主
救世主」を広辞苑で引くと
@ キリスト教で、イエス=キリストの称
A 人類を救済する者。メシア
B 苦しい場面から脱出できるよう尽くしてくれた人。
とあります。無論、Bの意味(私を救ってくれた人)で使わせてもらったのですが、松本先生は、Aであると言ってもいいと思っています。事実、私を含めて、数え切れないほどの人達が、松本先生のお陰で元気になったし、これからもそうであるからです。(コメント31)
次の日、私は、早速、大きなスーパーに行って、土瓶と線香を買い求め、漢方煎剤を飲み、お灸をしました。初めて口にする漢方煎剤(今までに飲んだことのある漢方薬は、全て顆粒状のものでした。)は、とても飲みづらいものでしたが、これを飲めば、必ず治るのですから、こんな嬉しいことはありません。(コメント32)大した効果がなく、副作用があるのに、それ故決して治らないから飲み続けなければ仕方のないという、全く矛盾した西洋医学の薬から開放され、えも言われぬ喜びが、口には苦い漢方煎剤を、心では甘露の如くに感じさせました。(コメント33)
夜は、お灸です。これも、私自身は初体験でしたが、幼い頃、祖母が、母に、背中に大きなお灸をしてもらい、「あちーっ!」と、小さな体をさらに縮めながらも、何だか嬉しそうだったのを、懐かしく思い出しました。腫れ上がった両手首・両足首は、自分で据え、がちがちに凝って硬くなった肩と背中、痛くて動かしづらい首の後ろは、自分で出来ないので、子供達に頼みました。子供達は、初めて見るお灸を、大層珍しがり、はしゃぎながら、交代でしてくれました。それぞれ自分の手や足に据えてみては、「ウー、ギャー」などと叫んでおります。本当に久しぶりに、親子で大笑いをし、楽しいひとときとなりました。
毎日お灸をするのは、正直なところ、時間と手間がかかって大変でした。でも、お灸をした後は、驚くほど体が軽くなるのです。たいして歩かない(歩けない)のに、重くて引きずるようにしていた足取りが、スッスッと進むのです。昔、囚人の足に付けられていたという大きな錘を、取り外してもらったかのように軽くなり、まさに、囚われの身から開放される気がしました。肩・背中も同様で、大きな荷物をおろしたように感じられました。腫れ上がったり凝ったりして、痛む所では、熱さはほとんど感じなかった為、お灸後のあの爽快感が、たまらなく嬉しいものでした。
長女と次女は受験生だったので、受験が終わるまでという約束で、次の夜からのお灸は、小学5年生だった息子に、私が出来ないところをしてもらうことになりました。お灸を据える前には、その箇所に、赤い塗り薬を塗ってもらいます。息子は、面倒なので、赤い塗り薬を、容器から指でぐいっと取り出し、手のひらを一杯に広げて、私の肩や背中に手荒くなすりつけていきます。あかぎれが酷く、ガサガサ・ゴワゴワしていた息子の手でされると、背中でも少し痛かったのですが、ある時ふと、痛くなくなっていることに気がつきました。息子の手を見てみると、なんと、あのあかぎれは跡形もなって、柔らかでなめらかなものになっていました。大喜びして、その手を撫でまわす私に、息子は苦笑いをしていました。お灸の効果は、思わぬ所にもあったのです。(コメント34)
織田先生は、私のたくさんのお灸の跡をご覧になり、そのお灸を、小学5年生の男の子がしていることがわかると、ものすごく褒めて下さいました。お灸をすると、体が軽くなって、気分がよくなるという実感があり、やればやっただけその効果があることを、私のこの体が知っています。だからしているだけですのに、治療の度に織田先生は褒めて下さり、他の患者さんにも宣伝して下さいました。私は益々嬉しくなって、お灸にハマッておりました。(コメント35)
一方、松本先生より、「アトピーの手記も、よく読んでおくように」との宿題がありましたので、「松本医院」のホームページを開き、引き込まれるように読んでいきました。(コメント36)体のだるさや、首や手足の痛み・肩のこりも忘れ、どのくらいの時間読んだでしょうか。幾度となく涙が溢れ、時には患者さんの本音や、それに対する松本先生の、ユニークでウィットに富んだコメントに、クスッとなりました。
その中で、西洋医学の病院に勤めておられた看護婦さんの手記は、感動・感銘というより、私には、大きなショックでした。西洋医学の渦中にありながら、漢方医学の松本先生を信じ、想像を絶する過酷なリバウンドを乗り越えておられたのです。ステロイドをはじめとする薬の恐ろしさを思い知らされると共に、「受験が済むまで、座薬を使わせて下さい。」なんて、甘ったれているわが身を振り返ると、恥ずかしくてたまりませんでした。そして、松本先生を『チョビヒゲ大隊長』と称された方(ホームページのスタッフをされている、Fご兄弟のお兄さんでした。)の手記に、背中をポンと押されて、座薬の使用をやめる決心をしました。初診から、十日足らずが経っていました。
診察の折に、座薬をやめていることを、松本先生にお話し、「先生に、お金儲けをして頂けなくなりました。すみません。」と申し上げると、先生は、ニッと笑われました。(コメント37)
西洋医学の全ての薬を止め、松本漢方医学オンリーになって、私は、清々しい思いでした。忌々しい抗リウマチ剤や、鎮痛剤のほかに、胃薬や風邪薬をしょっちゅう飲んでおり、まさに薬漬け(毒づけ?)だったのですから。覚悟していたリバウンドも、幸いなことに、思ったより軽いものでした。(コメント38)漢方煎剤と、お灸の効果は絶大で、新たに増えた痛みは、右膝だけでした。腫れ上がって曲がらなくなりましたが、耐え難いほどの痛みではなく、夜も眠ることが出来ました。
ただ、洋式トイレしか使えなくなったことで、いろいろと不都合や不便さを味わいました。尾篭な話になり申し訳ありませんが、漢方煎剤を飲み始めてより、トイレに行く回数がものすごく増えたのです。(コメント39)便通の悪い方ではなかったせいか、下痢に近い感じになったことがありました。また早く治りたい一心で、漢方煎剤を出来るだけたくさん飲もうと、かなり大量に飲んでいたので、尿の回数も、自分でもびっくりするほどでした。その上、1月・2月という寒い時期です。衣服も、分厚いものを何枚も重ね着しているので、脱いだりはいたりが大変でした。家では、漢方煎剤を飲んではトイレへ、を繰り返していましたが、外出先では困りました。和式トイレしかない所が意外に多く、もう真っ青になって、身障者用のトイレがないか尋ね、そこを探し回ったことがあります。一刻の猶予もなく、気はあせるのに、足が痛くて、身動きがままならず、やっと見つけた身障者用トイレでしたが、その前で、私は少し戸惑っていました。使うのが初めてだったこともありますが、それよりも、自分が、身障者用のトイレを使わなくてはならないという現実に、胸中穏やかならぬものがあったのです。でもこうしたことは、身体障害者や高齢者の方々のことが、実感としてよくわかり、よい経験をさせてもらったと思っています。それからは、外出先では、先にトイレを確認することにしました。松本医院も和式トイレがひとつだけなので、高槻駅の身障者用トイレを使っていました。
リバウンドが思っていたより軽いものだったとはいえ、時には、「松本先生、助けてー!」と叫びたくなるような、右膝の痛みが、二・三日続いたことがありました。でも不思議なことに、週一回の診察日が近づくと、きまって、治まってきます。あんなに痛かったのに、診察日には笑顔、というのが、何回もあったのです。(コメント40)「松本パワーは、凄い!」と思ったものです。私が感じた「松本パワー」の源は、先生の『絶対治る』との言葉に対する信頼であり、それは、確信に近いものになっていきました。(コメント41)
「不治の病」と宣告され、絶望という、奈落の底への下り坂を、ゆっくり転がり落ちていた私に、今、眩く光り輝く「完治」への上り坂が、はっきりと見えます。たとえ、どんなにリバウンドが起きようとも、それは、「完治」につながっている、出口のあるトンネルに過ぎないのです。こうした精神的なものが、痛みの感じ方を、随分和らげてくれたのではないかと思います。(コメント42)
それどころか、痛みと同等以上に辛かった、あの全身のだるさが、ほとんど無くなったのです。プラス(倦怠感の解消)マイナス(右膝痛)を計算すると、断然、プラスです。一日のうちで、横になる回数も時間も減っていき、家事の量は変わらず、むしろ自然に増えていったのですが、以前よりも家事が楽になったように感じました。ある夜、家事を終えて、ホッと一息ついた時に、口をついて出たのは、「ああ、くたびれた(疲れたの意)」でした。調子がいいので、よく動いて(働いて)いたのでしょう。これまでは、「しんどい、だるい」でした。よく似ていますが、私にとっては、まったく違うのです。「くたびれた」と言えるようになった(体をよく動かせるようになった)自分が嬉しくて、涙ぐみました。(コメント43)
もうひとつの変化は、生理でした。周期が、大変早くなったのです。30日ぐらいで、遅れる方だったのに、20日前後になり、最も早いときは、半月でした。周期が早くなっただけで、痛みやめまいなどの症状はなく、量も、普通か、多いくらいでした。松本先生に伺うと、やはり漢方煎剤の効果で、血流がよくなり、新陳代謝が活発になったからとの事でした。「若くなったんとちゃうで。」と言われ、また、ニッと、あの笑顔を見せて下さいました。(コメント44)
更には、思いがけない嬉しい変化がありました。数年ごとの運転免許証の更新時には、視力検査が行われますが、その免許証更新の通知が、誕生日の一ヶ月前、5月の連休の頃に届きました。普段使っているメガネとは別の、ワンランク度のきつい視力検査用のメガネをつくっておき、それで受けていたのですが、それでもよく見えないことがありました。そのため、免許証の更新の通知が、いつもならイヤだなあと思うのですが、今回はそうでもありません。バイクや車に乗っている時、標識や、駅にある看板などの文字、テレビの画面なども、以前より、この所、何だかよく見えるようになっている気がしていたからです。
やはり、よく見えました。それまでは、見えにくくて、間違ったりするので、いくつも答えなければならなかったのに、あっという間に終わってしまいました。結婚以来20年以上使ってきたメガネは、一部欠けていて相当くたびれていたので、この機会に買い替えようと思い、眼鏡屋さんに行きました。そこで、よく検査をしてもらうと、ワンランク度の低いメガネでいいと言われたのです。度を低くして、メガネを買い替えたのは、初めてでした。眼鏡屋さんも、「珍しいですね。良かったですね。」と言ってくれました。今年の私の誕生日プレゼントは、ビッグなものになりました。漢方煎剤とお灸、それに、毎日お風呂での首や肩の体操の成果で、首の痛みや肩の凝りが随分解消された為なのでしょうか。首の痛みや肩の凝りが軽減されただけでも嬉しいのに、視力まで良くなるなんて、喜びより驚きでした。
松本先生にお話しすると、先生は、やはりニッとされ、力強く握手をして下さいました。そして眼科医の診察を勧められ、眼科医が松本医院に来られる日の書かれたメモを下さいました。6月初めの日曜日に(松本医院は、土・日にも診察して下さいます。それこそ、たくさんの医院・病院に行きましたが、松本医院の他に、土曜日はあっても、土・日の両方診察されている所を、私は知りません。)伺い、視力検査と、眼科の先生の診察を受けました。この時もやはりよく見えたし、眼科の先生は、「白内障もないし、大丈夫ですよ。」と言って下さいました。
この時の私は、視力のことで有頂天になり、白内障のことは、あまり気に留めていませんでした。松本医院に、なぜ、眼科医が定期的に来られているのか、そしてなぜ、白内障のことを言われたのかが分かったのは、私にアトピーが出現した後の事でした。そして、今「松本医院」のホームページのスタッフをされているFさん(F兄弟の弟さん)の手記を読ませて頂いた時には、現代西洋医学によるアレルギー治療の、あまりの「残虐さ・残忍さ」に、暗澹たる思いになりました。(コメント45)
尿検査に、異常がなくなった(血尿が出なくなった)のは、言うまでもありません。看護婦さんが、「きれいなものよ。」と言って、にっこりして下さったのを忘れません。
ここで、「松本パワー」の成せる技の数々、「松本ミラクル」をお披露目したいと思います。
@ 二ヶ月が過ぎようとする2001年3月初め、肘と同じくらいの太さになっていた、両手首の腫れが、スーッとひいてきた。手の甲の筋や骨が見えてきた。
A それまで止まらなかったブラウスの袖口のボタンが、はまるようになった。衣服の着脱が、楽になった。
B キッチンの布巾や台ふきが、ギュッと絞れるようになっていた。ぶら下げていた布巾や台ふきから、いつもポタポタ垂れていた滴が、落ちてこなくなったので、気がついた。
C 食事を用意する時、家族に、「これ、切って!」「あれ、持っていって!」などと頼まなくなった。(人に頼まなくてもいい、自分で出来ることの、何と嬉しいことか。)鍋物用の大なべを、テーブルに運べた。半年過ぎた2001年夏には、なんとカボチャやスイカ、トウモロコシが切れた。
D 洗濯物を、パンパンと振って、しわを伸ばしてから干すようになっていた。手首を振り回すなんて、これまでなら考えられない行動だ。
E 二ヶ月足らずで、リバウンドの右膝痛がよくなると、階段の手すりを持たなくても昇り降りが出来るようになった。もうしばらくすると、階段の一段一段、片足を交互に出して降りることが出来るようになった。それまでは、一段降りるのに、両足をそろえなければならなかった。
F 膝から下、踵まで、寸胴でゾウの足のようだった両足首の腫れが、少しずつひいできた。くるぶしが現れ、ふくらはぎがわかるようになった。
G 卒業式・入学式やお葬式などで、パンプスを履いたままでいることが出来た。それまでは痛いので、イスにすわっている時は、脱いでいた。今では、ワンサイズ小さい靴が、履けるようになった。
H 診察日、時間がないと思ったら、駆け出していた。松本先生に報告すると、「そのうち、スキップもジャンプも出来るで。」と言われ、ニッ!
I 立ったり座ったりが随分楽になり、正座も出来るようになった。
J 首の痛みがとれ、上を向いたり横を向いたり、後ろを振り返ったりが、スッと出来るようになった。バックが見やすくなり、車やバイクの運転が楽になった。またコップに入れた飲み物が、とても飲みやすくなった。
K 風邪を、あまりひかなくなった。しょっちゅう風邪をひいて、鼻の奥や喉が痛くなり、風邪薬が手放せなかったのに、調子がいい。ひいても、松本先生の風邪薬(漢方煎剤)を飲むと、すぐに良くなる。(コメント46)
L 時々あった、顎やこめかみの痛みがなくなり、食事がしやすくなった。
☆M 倦怠感がなくなり、よく食べ、よく喋り、よく笑うようになった。体重は一時減ったが、少しずつ増えて、発病前に回復し、さらに増加中。診察日、体調は良いし、松本先生にお会いできるのは嬉しいので、満面に笑顔を浮かべ(たぶん)、大きな声で(そうなっていた)、挨拶させて頂くと、先生は、「あんたの妹さんが来たかと思うたで。ここに来た時より、10歳は若く見えるで。」と、最大級のほめ言葉を下さった。そしてニッ!(コメント47)
まだまだありそうですが、これくらいにしておきます。
こうした様々な症状や機能の改善と並行するように、血液検査の数値も、どんどん好転していきました。初診時(2001年1月5日)は、以下のとおりでした。
血沈 97 (正常値は12以下)
CRP 4.2 (正常値は0.6以下)
ZTT 14.2(正常値は12以下)
RF 390 (正常値は15未満)
一ヵ月後(2001年2月7日)には、
血沈が 65
CRP 1,8
RF 376
に減っていました。リバウンドで右膝通に悩まされていたにもかかわらず、上昇したのは、
ZTT 15,7
だけでした。その後も、数値が増えたのはごくわずかで、順調に下降線をたどっていき、毎月の血液検査がとても楽しみでした。
5月の連休には、車で約2時間かかる実家に行くことが出来ました。体がきつくて、ここ1・2年はほとんど帰ったことがなかったので、久しぶりに会う母を見て、年をとったなと思いました。私が心配ばかりかけているからです。私はすぐに、スマートになった手足を母に見てもらい、松本先生のことや血液検査のことなどを、得意になって話しました。母が、私の手をさすりながら、何度も繰り返す「よかったな、よかったな。」は、何時しか涙声になっていました。
その数日後、母から電話があり、「この前、元気になったあんたを見てから、よう寝れるようになったわ。眠り薬も、いらんようになってもたわ。その偉い先生に、うちもえらい喜んで、感謝してる、手、合わしてますて、あんじょう言うといてや。」と言います。松本先生に、母からのこの言伝を伝えますと、先生は「おう、俺はイエス・キリストか!」と言われて、いつものようにニッと微笑まれました。(コメント48)
(4)卵事件(コメント49)
6月の血液検査の結果は、正常値か正常値に近いものとなり、わずか半年で、こんなに良くなるなんてと、夢のようでした。(コメント50)あまりに嬉しかったので、ささやかなお祝いをしようと思い、松本医院のすぐ側のデパートに寄ってみました。デパートで自分のための買い物をするなんて、この日より前はいつだったのか、思い出せません。ちょうどバーゲンをしていて、大好きなピンクの洋服を買い求め、電車に乗りました。抱えていたデパートの紙袋を濡らす、ポタポタという音にハッとし、あわてて窓の方に目をやると、景色がぼやけてよく見えません。ぬぐってもぬぐっても涙が頬をつたい、窓からの景色がはっきり見えることなく、電車を降りました。
ところが、その一ヵ月後の7月10日、大事件が起きました。早朝、右足に異変を感じて、目が覚めました。トイレに行こうと起き上がり、立とうとすると、突然、激痛が襲ってきたのです。12年前の発病時(妊娠3ヶ月)の悪夢の再来でした。右足は浮かしたまま、両手と左足を使って、這って動かざるをえません。二階に寝ていましたので、階段は、おしりを滑らせておりましたが、それが限界でした。身動きできないまま、激痛に耐えるしかありません。
お昼過ぎになって、ようやく痛みが和らぎ、片足(左足)で移動出来るようになりました。時間の都合をつけて、主人が、夕方、車で松本先生の所に送ってくれました。待合室で、どうしてこんな事になったのか考えてみると、あれしか思い当たりません。卵10個です。よくスーパーに行ってくれる主人が、安売りをしていたからと、10個入りの卵のパックを、ふたつも買ってきていました。ひとパックは食べてしまったのですが、もうひとパックは、賞味期限が過ぎてしまいました。熱を通せば大丈夫だろうと、10個全部をゆで卵にしてしまいました。賞味期限切れを知っている主人と子供達は、手をつけようとしません。しかたがないので、私一人で、8日の夜3個、9日の朝3個、昼2個、夜も2個と、10個とも食べてしまったのです。気持ち悪くて吐きそうになりながらも、捨てられず、もったいないの一心が、とんだことになってしまいました。馬鹿なことをしたものです。
恥ずかしかったのですが、先生に尋ねますと「考えられることだ。」そして「それを確かめる為に、もう一度やってみたら?」と言われました。私の救世主であり、大恩ある松本先生のお役に立てるのなら、どんなこともやらねばと、頭ではわかっているのですが、あの激痛を、再度味わうのは勘弁してほしいと、体と心が訴えます。勇気がなくて、検証出来ず、申し訳ありませんでした。すみません。
ちなみに、卵10個の中に含まれていた農薬等の化学物質は、14にまで下がっていた血沈を34に、0,1だったCRPを3,7に、跳ね上げました。身の危険を察知した免疫システムの細胞たちが、必死になって戦ってくれた証だと思うと、何とも健気で、有り難く、いとおしくさえ感じます。でもあの激痛は、もうこりごりです。
でもそのとき、ふと一つの疑問が浮かびました。あのモーレツな痛みがあったから、私は、何か体に異変が起きていると気づいたのです。癌や肝臓病のように、体の内部で静かに侵攻し、自覚できる病状として現れた時には、もう手遅れという場合もあります。リウマチの痛みにしろ、アトピーの湿疹にしろ、体に異変が起こっているという証なのですから、むしろ有り難いことです。(今だからそう思えるのであって、症状のある時には、絶対に思えませんでしたが。)その異変とは、化学物質などの異物・毒物の体内への侵入であり、湿疹や痛みは、それらを一生懸命吐き出していることを教えてくれています。
息子が赤ん坊の頃、重症のアトピーで嘆く私に、母は「悪いもんは、どんどん出した方がええんや。体に溜まって、癌にでもなったら、えらいこっちゃ。目に見えへん病気より、見える方がええねん。」とよく言って、慰めてくれたものです。もっとも、その当時の私にとっては、慰めになってはいなかったのですが、今となると、学歴のない、ましてや医学的な知識などあるはずのない母の方が、大学までいかせてもらった私より、よほどエライと感心します。となれば、体に侵入してきた異物・毒物を必死に吐き出してくれている、有り難い・正しい免疫の働きを、抑制したり、止めたりすることによって、体に異変が起こったんだよと教えてくれる信号であり、体から悪いものを吐き出した印(跡)にすぎない、見かけの症状を隠してしまう、それでいいのかな、いいはずはないと思ったのです。私も息子も、実際そうした治療(これは、治療と言えないのではないかと思います。)を受け続け、今なお、松本医院以外の全ての病院で行われています。松本先生が、憤りを込めて、繰り返し繰り返し力説されている所以だと思いました。
また「目に見えない病気より、見える方がいい。」という母の説にも、しごく納得します。現れている(見える)湿疹や腫れより、感じる(見えない)痒み・痛み・だるさ・苦しさ等の方が、人にはわかりにくいものです。同じことが、心の傷と体の傷でもいえると思います。体の外に出来た傷ならば見えるので、すぐに気がついて、自分もまわりも何とかしょうとしますが、心の傷(精神的苦痛)は外からは見えませんから、やはり、人からはよくわかりません。どんなに苦しんでいるか・どんなに苦しめられているかが、わかってもらえず一人で抱え込み、どうしていいかもわからなくて、さらに苦しむ、という経験をされた方も、多いのではないでしょうか。
そして、見える見えないの区別なく、病気の症状そのものから受ける身体的苦痛と、その病状から発生する精神的苦痛を、もし数値で表わしたなら、イコールでしょうか。私には、精神的苦痛の方が、身体的苦痛の2倍にも3倍にも感じられました。例えば、1の痒み・痛みがあり、その時の精神的苦痛を1だとします。痒み・痛み(身体的苦痛)が3になった場合、それによる精神的苦痛は、同じ3でしょうか。私は、2倍の6以上、3倍の9に近いものに思いました。不安・迷い・焦り・憤りや、人の目が気になる・人からの中傷・人間不信・自己嫌悪・自己否定など、挙げればきりがない程に、精神的苦痛は、際限なく広がり、深まっていくものだからです。
見える苦痛・見えない苦痛も、身体的苦痛・精神的苦痛も、色々と味わってきました。勿論、知らないうちに・気づかぬうちに、私が、人に苦痛を与えてしまったことも、数限りなくあると思います。人の痛みのわかる人間になろうなどとは、つゆ程も思いませんが(不可能だと思うからです。)、人が(相手が)、どんな気持ちでいるのかを、いつも自分の方から推し測り、寄り添っていくように、耐えず努力し続ける人間でありたいと思っています。難しいですが。(コメント51)
(5)アトピーの出現(コメント52)
2001年夏になりました。あの卵事件は、1日だけで終息し(血沈だけは、正常値に戻るのに、4ヶ月余りを要しました。)、とても体調のいい状態が続いていました。織田先生が、治療中、私のお灸の後を見ながら、「よくなってきたら、こんな熱いお灸を、ようやってたなと思うよ。」と言われた事がありました。本当にそうでした。熱さはあまり感じず、据えた後の心身の爽快感が嬉しかったのに、この頃、それが逆転してきたのです。お灸を据えることの気持ちよさよりも、熱さや、お灸跡の痒みによる不快感の方が、上まわるようになってきました。それは、織田先生の言われるとおり、リウマチが、着実に快方に向かっているということなのです。(コメント53)
そして、ついに、アトピーが現れました。松本先生の理論・治療法の正しさ・確かさを、他の多くの患者さんと同じように、私の身体も証明しました。松本先生も、織田先生も、看護婦さんも、異口同音に、「よかったね。」と言って下さいます。いよいよ、リウマチ完治への最終章、最後のハードルだからです。しかし、私の心中は複雑でした。リウマチ完治への最終段階に入ったことは、勿論嬉しいことですが、アトピーは、重症のアトピーだった、幼い頃の息子とのつらい日々を、私の心の奥から引きずり出すのです。でも、そんな私の気持ちなどに何の容赦もなく、アトピーは、勢いよく、私の両手足に拡がっていきました。
松本先生から、漢方煎剤を入れたお風呂に入ることと、ホームページのアトピーの所を、よく読む様指示されました。そして「何かあったら、ここに電話しなさい。自宅の電話番号や。」と言われ、メモを手渡して下さいました。そこには、一度もかける必要が無かったし、これからもないと思いますが、そのメモは、今も、そしてこれからも、私の大切な大切な宝物です。(コメント54)
2001年の春、息子の喘息を、松本先生に診て頂くようになったのを機に、「松本医院」のホームページ全てを、プリントアウトしました。穴を開けて、ファイルに閉じていくと、分厚いファイルが3冊出来ました。とにかく膨大な量で、紙も、インクも、ファイルも足りなくなり、何度も買いに走ったものです。穴を開けて、ファイルに閉じる作業も大変で、子供達に手伝ってもらい、やっと出来上がりました。読むためにした作業ですのに、その作業に疲れてしまい、申し訳ないことに、出来上がってからは、アトピーの出現まで、一度も開くことはありませんでした。そのファイルを取り出し、「革命的アトピー(アレルギー)の根本治療法」を読ませて頂いたときのショックを、何と表現したらいいのでしょう。晴天の霹靂でしょうか。まさに『革命的』であり、『コペルニクス的転回』の連続に、「エーッ!」と、何度驚きの声を発したでしょう。特に、箇条書きされた、「私の治療法や考え方が革命的である理由」には、言葉を失いました。その中でも、
2、痒いときに、掻いてはいけないのが、現在のアレルギー学会の考え方ですが、掻きたければ、掻けば良いという事を、証明したこと。(コメント55)
3、食事制限は一切する必要は無いことを証明したこと(コメント56)
には、打ちのめされてしまいました。手記や松本先生の(コメントから、何となく、そうかなとは思っていましたが、はっきり目の前に突きつけられて、息が詰まり、身動きできない程でした。
妊娠3ヶ月でリウマチを発病し、生まれた息子は、一月もしないうちに、重症のアトピーになりました。(コメント57)御多分に漏れず、あちこちの病院を訪ね歩きましたが、一向に良くならず、それどころか益々酷くなり、顔一面、火傷を負ったように、真っ赤にただれてしまいました。掻きむしっては泣き、一日中、少しも眠りません。ずーっと抱っこしていなくてはなりませんでした。掻くと、余計に赤くただれて、血や汁が出るし、やっと張り付いたかさぶたも剥がれ落ち、そこからまた血が出ます。いつも、両手をガーゼで作った手袋で覆い、腕を押さえつけるようにして、抱きかかえていました。しかし、自分で歩くようになれば、そんなことは出来ません。息子が掻きむしっていないか、いつも監視していて、叱りつけてばかりいました。息子は、たえず私の顔色を伺い、おどおどとしています。こんな私でも、たまには笑ったのでしょうか、それを覚えていたのか、息子が、例によって、激しく怒る私に、「お母さん、笑って!」と、たどたどしく言ったことがありました。(コメント58)
2歳だったでしょうか、ある時、息子が狂ったように掻きむしっています。あわてて息子の所にとんで行き、手を押さえて、掻かないようにし、叱りつけました。でもこの時、息子は、物凄い力で私の手を振り払い、いっそう激しく掻きむしったのです。掻きむしった所から出た血を見た瞬間、私は息子に手を挙げていました。息子の大きな泣き声にハッとして、我に返りました。掻けば、アトピーが悪くなると思い込み、息子に、どれ程酷い仕打ちをしてきたことでしょう。今、わが身にアトピーが出現し、あまりの痒さに、我を忘れて掻きむしった時、あの頃の息子の苦しみ・叫びが・・・・・・・・・・肺腑を抉る自責の念が絞り出す涙は、血色のように思いました。(コメント59)
また、息子が4ヶ月になろうとしている頃から、民間療法を始めました。母乳だけで育てるという趣旨のところで、乳房のマッサージをしてもらいました。そして、ここでは、自然食品など食べ物に大変こだわりがあり、アトピー改善のため、厳しい食事制限をしていたのです。真っ赤な息子の顔を見て、「全部抜いたところから、始めよう。」と言われました。蛋白質を多く含む食品はもちろん、「この子は、お米にもアレルギーがあるから」と、粟・稗・キビの雑穀と、野菜だけ(果物もダメ)、味付けも、塩のみという食事となりました。毎日、何を食べたのかノートにつけ、そこの先生に見てもらうのです。粟・稗に菜っ葉を食べるわが姿に、幼い頃兄が飼っていた、小鳥や鳩を思い浮かべました。こんな食事をしていても、息子のアトピーは少しもよくなりません。
この厳しい食事制限をしながらの生活は、大変なストレスとなり、拒食症・過食症に似た状態に陥りました。私は、そこの先生から食べてもいいと言われたものしか食べることができません。主人や長女・次女の普通の食事も作り、それを食べているそばで、私は私の食事をします。でも、OKの出ていない食品を食べようとは、決して思いませんでした。というより、ただでさえ酷い息子のアトピーが、私のせいで、さらに悪くなるかもしれないと思うと、恐ろしくて、とても食べるなんて出来ません。体重がどんどん落ち、やつれてきて、主人や母、周りの人が心配して、色々言ってくれても、全く受け付けなくなっていました。その反動で、OKの出ているものは、吐きそうになるまで食べるのです。あの雑穀のご飯でさえ、山盛り食べ、甘味のあるサツマイモやカボチャは、鍋一杯をたいらげていました。またお菓子などの嗜好品に飢えていたので、そこで売られていた、雑穀で作られたお煎餅を、大量に買い込み、それがなくなるまで、食べるのを止められないのでした。一体、私は、何をしていたのでしょう。
しかしながら、ここの先生には、ものすごく感謝しています。ステロイドの恐ろしさを教えてくれたからです。(コメント60)あの食事にしても、ほとんどの野菜に甘味があることを、初めて知り、野菜が本来持っている、自然のほのかな甘味が、とてもいとおしく感じられました。なかなかそういう経験は出来ないものだし(もう一度したいとは思いませんが)、実際、拒食・過食をしなければ、あれはあれで、健康食ではなかったかと思っています。それに、そこに行けば、息子よりはましだけれど、きついアトピーの子供さんのお母さん達がいて、色々話が出来たのは、精神的に大変メリットでした。
ただ、私が人間として、余りにも未熟だったあの頃、息子に犯してしまった罪(一時期とはいえ、息子の誕生・存在を肯定できなかったこと・息子の心をひどく傷つけたこと)は、決して許されるものではないし、私が、私の生涯を通して、許してはいけないのだと思っています。私が、自ら心の奥深くにまで打ちつけておかねばならぬ楔です。この十字架を、私は死ぬまで、背負っていかなければならないのではなく、背負って生きたいと思っています。(コメント61)
私のアトピーは、両手足にでてきましたが、それ以上は拡がりませんでした。お風呂に入れる漢方薬を頂き、看護婦さんから指導して頂いたとおり、その漢方煎剤をお風呂に入れ、毎日1時間以上入るようにしました。漢方風呂はとても気持ちのいいもので、漢方風呂に浸かってしばらくは、思いっきり掻きまくりました。(10年前に知っていれば・・・・・)そうすると落ちついて来るのですが、1時間は、結構長いものです。ボーっとしているのももったいないし、リウマチに水泳がいいと聞いたことがあったので、リハビリをすることにしました。漢方風呂の中で、首、肩、肘、手首、腰、膝、足首を、曲げたり伸ばしたり、回したりしていますと、面白い程よく動くようになりました。嬉しくて、織田先生に治療してもらう度に、「こんなのが出来るようになりました、これも出来るんです。」などと、やってみたものです。織田先生は、「すごい、すごい!」と褒めて下さった後で、「張り切りすぎて、怪我をしないでね。心配だわ。」と言われました。それくらい漢方風呂は、アトピーにもリウマチにも、効果抜群なのです。
ところが、ちょっとしたハプニングが起きました。目やにが出てきたのです。朝起きた時、目が開けにくいくらいになり、松本先生に、医院への電話でお伺いすると、「結膜炎だから、すぐに目薬を取りに来なさい。」と言って頂きました。
私は改めて、松本先生は、信頼できる、素晴らしい先生だと思いました。アレルギーのことは、全て・何もかも、先生にお任せです。勿論、結膜炎は、目薬をさして、1週間もすると、すっかりよくなりました。(コメント62)
思い返せば、私は、赤ん坊の頃から、松本先生にお会いするまで、ずーっと、立派なアレルギー人間でした。
私のアレルギー年表
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年齢
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アレルギー
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治療等
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0歳〜1歳
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アトピー(昔、田舎では胎毒といわれた)
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薬はなかった。(母の苦労話を、よく聞かされた。)
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中学生の時
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漆にかぶれた
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医者に行く。
薬をもらったかどうかは、忘れた
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大学生〜
26歳
くらい
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ニキビ(顔)
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特別な化粧品を使っていた。
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高校生
から
45歳
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鼻炎
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特になし
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33歳〜
45歳
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リウマチ
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西洋医学の病院
抗リウマチ剤・鎮痛剤
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43歳
の夏
4ヶ月間
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首・胸に酷いあせも
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市民病院
塗り薬(ステロイド入り)
顔に出てきた時、少しだけ使った。
飲み薬 抗アレルギー剤
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44歳
の春
3ヶ月間
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風邪から喘息に
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西洋医学の開業医
抗生物質・抗アレルギー剤
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こうして見ると、私は、世間を賑わせた言い方を借りれば「アレルギーのデパートどころか、アレルギーの総合商社」です。その中でも、松本先生に診て頂く2年前のあせも(アトピー)と、1年前の喘息の時に注目すると、抗リウマチ剤を飲んでいる上に、抗アレルギー剤をかなり服用し(医師には、大丈夫だと言われました。)、ダブルで免疫機能を抑制していたことになります。アトピーを抑え、喘息も閉じ込め、その為に、リウマチを悪化させたのでしょう。松本先生がして下さっていることの、全く逆を体験していたことになります。愚かなる事この上ありません。(コメント63)
(6)息子のアレルギー
毎晩、私にお灸をしてくれた息子も、小学6年生になる春休み(2001年3月末)から、松本先生に診て頂いています。アトピーは、ほとんど分からないくらいになっていましたが、小学校に入った頃から、風邪をひくと、必ずと言っていいほど喘息になり、テオドール(気管支拡張剤・抗アレルギー剤)が欠かせなくなっていました。(コメント64)普段も、鼻炎で、よくくしゃみをし、また、いつも鼻を詰まらせていて、「ゴー、ガォー」と、すごい鼾をかいて寝ていました。私は息子に、「松本先生のお薬は、ものすごい苦いけど、それを飲んだら、絶対治るよ。何でも食べられるようになるよ。」と言いました。私がどんどん元気になっていくのを、一番よく知っている息子は、自分も松本先生に診て頂き、漢方煎剤を飲む事を、すぐに承諾しました。そして「給食を食べたい。」と言うのです。幼稚園や学校にお弁当を持っていき、皆が給食を食べる中で、息子だけがお弁当でした。給食を一度も食べたことのない息子の、この言葉に、私は胸を抉られるような痛みを覚えました。
息子とふたりで、松本先生を訪ねたあの暖かい春の日、私はすごく嬉しくて、ウキウキしているのを、何だか不思議で、可笑しく思ったものです。これまで、病院や医者にいく時に、嬉しいなんてことがあったでしょうか。(コメント65)
その夜から早速、松本先生に頂いた漢方煎剤を、息子に飲ませました。2・3日経った夜、いつものようにお灸をしてくれた後、息子は、先にベッドに行きました。用があって、2階の息子の部屋の前を通った時、おやっと思いました。静かなのです。ドアを閉めていても、廊下を隔てた隣の部屋まで聞こえていた、あの「ゴー、ガォー」というものすごい鼾が、聞こえません。息子をのぞいて見ると、「スー、スー」という、穏やかな寝息なのです。私はビックリして、大喜びで娘たちを呼びました。娘たちとの歓喜の拍手の中でも、息子は、「スー、スー」と眠っていました。「松本ミラクル」を、まざまざと見せつけられました。(コメント66)
また、一ヵ月後ぐらいだったでしょうか、息子は風邪をひき、夜には、「しんどい」と言って、ベッドで苦しそうにしています。「ヒューヒュー」と、喘息の音も漏れていました。私は、出来ていた、翌朝の分の漢方煎剤を飲ませました。しばらくすると、またもや不思議なことに、息子は、「スー、スー」と寝息をたてています。朝は、何事もなかったように、ケロッとして起きてきました。「松本ミラクル!」万歳です。(コメント67)
これが、息子の喘息発作の最後となりました。あれ以来、風邪をひいても、喘息が出ることはありません。また、残念ながら給食を食べることは出来ませんでしたが、随分、色々なものが食べられるようになりました。卵やミルクの入っている食品(パンやお菓子)を多めに食べてしまった時も、気分が悪くなり、顔に少しブツブツが出る程度で治まるようになりました。以前は、ひどい喘息の発作を起こし、顔はお岩さんのようだし、全身を恐ろしいような蕁麻疹が覆っていました。何度か、病院に駆け込んだものです。(コメント68)
息子は、今年(2002年)の春、中学生になり、バトミントン部に入りました。よく食べ、よく遊び、よく運動し、とても元気にさせて頂いています。あと一つ、「よく学び」を付け加えてほしい、私は、なんとも欲張りな母になりました。
(7)私の第3の人生
ついに、その日が来ました。2001年11月27日にして頂いた血液検査の値が、全て正常値になったのです。「やった!あのリウマチが治った!」と大声で叫んで、駆け出したい衝動に駆られました。(コメント69)
それをやっとの思いで押しとどめ、代わりに、電話をかけまくりました。主人には、余程のことでない限りかけない職場にかけました。これは、余程の事だったのです。両親はじめ、いつも心配してくれていた友人・知人、そして松本先生を教えてくれたHさんに、心からの感謝を言わせて頂きました。
その夜、お祝いをすることにしました。あいにく電話が通じなくて、何も知らなかった主人は、キョトンとしています。家族そろって乾杯をし、お寿司をほおばりました。この日が、私の第3の人生の始まりです。言うまでもなく、それは松本先生のお陰であり、松本先生から頂いたものです。(コメント70)
しばらくの間、私は興奮状態の中で、ぼーっとなっておりました。いわば、真っ暗闇から、急にお日様の眩しい所に出たような感じで、少なからず戸惑いを感じていました。発病以来、痛い痛いと苦しみながらの、寝たきり生活になるという恐怖と絶望の中で、少しでもその時が来るのを遅らせたい、それだけを考えてきました。それが突然、「もう大丈夫だよ、何でも出来るよ。」と言われ、「どうしよう、何をすればいいのだろう。」と、戸惑ってしまったのです。喜びでも悲しみ・怒りでも、それがあまりに大きすぎると、心か脳の防御装置のようなものが働くのか、感覚(感情)が麻痺してしまうのではないかと思います。大切な肉親を亡くした時など、あまりの悲しみには、涙さえ出ないで、放心状態になると聞きますが、私の喜びの場合も、それに似かよったところがありました。
とりあえず、アトピーがおさまった後の秋から、習い始めていたパソコンを、続けてやってみることにしました。「そうだ、この喜びの手記を、ワープロでなく、パソコンで書こう。」と目標を定め、取り組み始めました。パソコンを勉強しようと思ったのには、もう一つわけがあります。松本先生(「松本医院」のホームページ)に引き合わせてくれたインターネットも、使いこなせる様になりたいと思いました。。松本先生は言うまでも無く、ホームページを開いてくれた主人と、インターネットそのものにも、どれ程感謝していいかわからないとの気持ちがあったからです。(コメント71)
冒頭にも書きましたが、主人と、車で8時間近くかけて、軽井沢へ、ハーフムーン旅行(ハネムーンではないし、フルムーンにはまだ早いので、ハーフムーンと名付けました。)に行きました。タイミングよく、豪華ホテルのチケットを頂いたからですが、本当に素晴らしい記念すべき旅行になりました。また今年(2002年)の2月に、主人の姪の結婚式で着物を着たのをきっかけに、4月からは、着物の着付けも習い始めています。自分の普段着の脱ぎ着でさえ、苦痛のあった私が、着物を着ることができるようになり、今は、来年1月の娘の成人式に、振袖を、この私の手で、着せてやろうとしています。以前からかかわっていたボランティア活動においても、とても楽しく、充実した時間を過ごすことが出来るようになりました。
でも、こんなことは、喜びを木に例えるなら、ほんの枝葉に過ぎません。太い幹は、自分の可能性であり、深い根は、感謝です。何かをしたいと思っても出来なかったし、やろうという意欲さえ失われていた私が、今は、自分がその気になって努力をすれば、たいていのことが出来るでしょう。(コメント72)そういった自分の可能性、それが、松本先生から頂いた、私の第3の人生だと言えます。再び開いて頂いた・与えて頂いた、私の第3の人生のキャンバスには、まだ何も描かれていないのですが、その色は、爽やかなブルーか、ピンクがかった淡いパープルです。そして、そのキャンバスの中に、とても元気で、活き活きしていている私がいます。明るく豊かな将来が見えるのです。
リウマチがじわじわ進行して、日常生活にも支障が出てきた時、もしかして、私の方が、年老いたあの母に、看病してもらうのではないか、苦労を幾重にも刻み込んだ、皺深いその手に、更に苦労を重ねさせるのかと思うと、断腸の思いでした。元気にして頂いた今、いずれ来るであろう、あの母が・父が倒れたとき、精一杯世話が出来る、その幸せを、どのように感謝していいのかわかりません。
これからは、ほんの少しでもいい、人が喜んでくれること、ボランティア活動をさせて頂き、感謝という太い筆で、私の第3の人生のキャンバスを、鮮やかに描いていきたいと、切に思っています。
(8)松本先生へのお願い
失礼ながら、松本先生にお願いしたいことがあります。
@ ノーベル賞を、もらって下さい。(コメント73)
科学的・医学的なことはわかりませんが、松本先生が、世界で始めて打立てられた理論を、世界でただ一人、実践されている、それは、ノーベル賞以上の価値があると、私は確信しています。(コメント74)
A 長生きして下さい。
リウマチを含めた、アレルギーを完治出来るのは、世界中で、松本先生お一人だと思います。にもかかわらず、アレルギーに悩む人は、増え続けています。松本先生を必要としている人がいなくなるまで、絶対に倒れないで下さい。そして、松本先生のこの理論を実践できる後継者・弟子(医者)を、たくさん育てて下さい。コペルニクスの地動説が、今や誰も疑う余地が無くなったように、松本先生の革命的理論の実践である、根本治療(完治できる正しい治療)が、当たり前に行われるようになるまで、長生きして下さい。(コメント75)
松本先生に診て頂くようになって、しばらくした冬のある日、先生は風邪をひかれたようでした。右手では、漢方煎剤が入っているであろう、大きな湯のみを、始終口に運ばれ、左手は、ティッシュで、ひっきりなしに鼻をかんでおられます。待合室では、私の前にも、後にも、溢れる患者さんがいて、先生は、いつものように、忙しく診察しておられました。私はとても心配になり、「先生、大丈夫ですか?私のリウマチを治して下さるまで、倒れないで下さい。」とお願いしたものです。「俺は、風邪なんかひかん。大丈夫、あんたを治した、次の日に倒れるわ。」と言って下さった先生の声は、少し鼻声で、冗談ではなく、私は本気で、余計心配になったのを覚えています。本音を言えば、あの時、私のリウマチが治るまでに、先生が倒れられると、私が困るから、つまりは、私のために心配していたのですが、今は違います。尊敬し、敬愛する松本先生、熱くて恐いけれど、物凄くピュアで、とびきりのユーモア・並外れたウィットの中に、茶目っ気や可愛らしさを垣間見せて下さる松本先生、世界でナンバーワンであり、世界でオンリーワンである松本先生ご自身のことを、心から心配しています。(コメント76)
B 入院できる松本病院を、つくって下さい。
残念ながら、今なお、麻薬であるステロイドが、大量に使われています。幸運にも、松本先生にお出会い出来たものの、ステロイドから離脱しようとされる方のリバウンドには、想像を絶するほどの恐ろしいものもあります。松本先生のご指導の元とはいえ、家庭において、ご本人の意思と、ご家族の協力だけで乗り越えるには、あまりに厳しいこともあるのではないかと思います。家族の協力を得られない方もあるでしょう。そんな方が、もっとも過酷な時期だけでも入院できる、松本病院があれば、どんなに心強いかと思うのです。(コメント77)
私の息子の場合も、私が原因で、生活が成り立たなくなり、あの優しい主人が、私から息子を引き離すようにして、入院させました。西洋医学の病院だったため、入院したからといって、完治するわけではありません。感染症で一度、アトピーで、二度も入院しました。私や息子と同じようなことをさせざるを得ない人が、今もたくさんおられると思います。失礼を承知で、敢て勇気を出して、お願い致します。(コメント78)
ここからは、私のファンタジーの世界です。(コメント79)
松本病院は、ヨーロッパの白いお城のような建物で、小高い丘の上にあり、緑に囲まれ、色とりどりの草花が咲いています。そのお城の松本病院長は、チョビヒゲではなく、立派な髭の王様で、ゆったりした、院長室のソファに腰掛けられ、相変わらず、とてもダンディです。今現在の松本先生も、何時も大変オシャレで、カッコイイのですが(ピンクのシャツや縞模様のシャツに重ねた、ウエスタン風のベストなど、うちの主人とはかけ離れた、ステキなファッションが印象に残っています。奥様ではなく、松本先生が選ばれるそうで、どれもよくお似合いです。)、その上に、王者の風格がついています。でもそのお人柄は、全くお変わりなく、多くのスタッフ(医者)を従えて、精力的に仕事をこなされています。
入院病棟の病室は、リゾート地にあるワンルームマンションのようです。漢方入浴剤治療をするためのバスが設置されており、トイレは、勿論洋式です。全てユニバーサルデザイン、手すりも適切についています。入院患者用のベッドのほかに、お世話をされている家族の方のためのベッドも、備えてあります。子供病棟は、可愛らしくて、保育園のようです。
そして広々とした庭の見える一廓に、「松本軍団」なる、恐ろしげな名前の部屋があります。でも中からは、楽しそうな話し声が聞こえてきます。笑い声までしています。そうです、ここは、Fご兄弟を団長とする患者の会・松本軍団の部屋なのです。そこから「松本病院」のホームページが発信され、メールで自由に意見交換できる、掲示板サイトも、大人気です。患者も元患者も、気軽に出入りでき、そこで色々と相談したり、話を聞いてもらうと、不安や心配が和らぐと、とても好評です。その中に、あれっ、私もいます。松本先生に元気にして頂いた元患者の一人として、治療中の患者さんや、今なおアレルギーで苦しんでおられる方々のために、出来ることがあるなら、どんなことでもさせて頂きたいと、張り切ってやっています。
≪最後に≫
2002年9月3日にして頂いた血液検査では、
血沈 19 (正常値12以下)
CRP 0.1 (正常値0,6以下)
ZTT 8.6 (正常値12以下)
RF 38 (正常値15未満)
でした。血沈とRFが、正常値を上まわっていますが、体調は、全て正常値だった時と、何ら変わりはありません。むしろ体調がいいので、色々とやり始め、手を延ばし過ぎて、その疲れが、数値を悪くしているのではと思っています。
今年の夏(2002年8月)、今まで、家に閉じこもってばかりいた、この私が、二十数年ぶりに、高校と大学のゼミの、ふたつもの同窓会に、笑顔で参加しました。大学のゼミの同窓会では、それぞれの近況を話し合った時、私は、「自分がリウマチであったこと」「息子のアトピーで、十数年苦しんできたこと」、そして「すごい先生のお陰で、元気にならせて頂いたこと」を打ち明けました。二十数年ぶりにお目にかかった、少しもお変わりなく、お元気でいらっしゃったゼミの先生も、懐かしい旧友たちも、皆、とても喜んでくれました。家に帰ってから、私の中の奥深い所から、込み上げてくるものがありました。
初診日に待合室で手記を読ませて頂きながら、自分もきっと元気になって、手記を書くんだと思っていた私が、本当に、こうして手記を書かせて頂けるようになりました。松本先生には、何と感謝を申し上げてよいのかわかりません。松本先生、心より有難うございます。また手記を書かせて頂いている過程において、松本先生の凄さを再認識すると同時に、自分自身の心を、じっくり見つめるよい機会となりました。それは、時につらい作業でしたが、色々と、多くの発見・気づきもあり、総じては楽しいものでした。松本先生、本当に有難うございます。月並みで、在り来りの言葉ですが、これしかありません。
手記を書き終えるにあたって、松本先生、織田先生、看護婦さん、受付の方々、ホームページに携わっておられるスタッフの方々、皆様に、改めて、心より感謝申し上げます。有難うございました。(コメント80)
追記
2002年10月1日、私は、午前の診察の折に、松本先生に、この手記を手渡しました。その夜の7時頃、電話が鳴り、ナンバーディスプレイを見た主人が、「松本医院からやで。」と、私を呼びます。ホームページに関するある事で、松本先生のご承諾を得ていましたので、そのスタッフの方からかと思いました。ところが、松本先生ご本人だったのです。びっくりする間もなく、先生は、もう私の手記を読んで下さっていて、「一つだけ、気になることがあったから。」と言われます。そして「アトピーだった息子さんのことで、そんなに自分を責める必要はない。責められるべきは、他にある。そんな事で、折角のあなたの第三の人生に、暗い影をつくることはない。」という意味のことを、静かに言って下さいました。私は電話口で、臆面もなく泣いておりました。松本先生にお出会いしてから、ハッピーそのものだった私に、ただひとつ、よりつらくなったのは、重症のアトピーだった、幼い頃の息子への思いでした。私の、その、より深くなった心の傷に、松本先生が、暖かい手をさしのべて下さったのです。初診日、大きくはない華奢な手から、私の手に感じた松本先生のやさしさを、私は今、心で感じています。(コメント81)
松本先生(ドクター・マツモト)ではなく、ひとりの、ものすごくステキな人間である松本仁幸氏に、心より有難うございます。
2002年10月2日
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ドクターマツモトのコメント
(コメント1)
まず始めに書き記したいことがあります。世界中の全ての医者と、リウマチ患者さんは、リウマチは絶対に治らないと思い込んでいますが、実は、リウマチは、誰が何と言おうとも、「絶対に、必ず治る病気である。」という事実を、全世界の人々に伝えたいのです。
その為に、ここに、その素晴らしい証拠を見せてあげたいのです。世界で唯一私だけに許された、リウマチが必ず治る特別な治療法を、見出す前に、誰も知らなかった、人類の長い歴史の中に隠されていた治る道筋(理論)を、私が始めて明らかにしたからです。つまり私に言わせれば、ノーベル賞級の新しい理論の発見なのです。同時に、この正しい理論に基づいて、全く新しい治療法をも発見したのです。この手記は、まさに、私のリウマチ完治の理論と方法の正しさを、実証するものです。特に、この方の手記は、一冊の書物にして、巷間に知らせしめる価値がある程の優れた手記ですから、コメントも、全力を尽くして書き上げたつもりです。
さて、この方も、赤ちゃんの頃から、アトピーのみならず、アレルギー性鼻炎もあったことを確認しておきたいのです。しかしながらこの方は、幸せなことに、アトピーなどの治療のために病院に行くこともなく、放置されていたために、最後は、私のいう「自然後天的免疫寛容」を起こして、治ってしまっていたのです。しかし、妊娠により、新しい異物と出会い、リウマチを起こしたのです。
ところが、最近のリウマチの多くは、花粉症やアトピーを、ステロイドや抗アレルギー剤で抑制したために、抗体のいわゆる逆クラススイッチが無理やり生じてしまい、その結果、リウマチが生じるのだ、ということも強調しておきたいのです。つまり、アレルギーの抗体であるIgE抗体を作らせない分、リウマチの抗体であるIgG抗体が大量に作られ、リウマチが発症するのです。
手記を読む前に、必ず、私のリウマチの理論を、5回以上は読んでください。とりわけIgG抗体からIgE抗体へのクラススイッチの意味を理解して下さい。
(コメント2)
リウマチが不治の病でないのにもかかわらず、治らないと思い込んで、自ら命を絶った人がいます。しかし、リウマチが不治の病でないことを知っているのは、世界中の医者の中で、残念ながら、ただ一人、私だけなのです。実は、他にも知っている人がいます。それは、私の治療を受けて治った患者さん達です。
リウマチは、余計な治療をされなければ、風邪よりも治療するのにたやすい病気なのです。というのは、まずリウマチ自体で死ぬことは絶対に無いのですが、風邪が嵩じて、肺炎で亡くなることは、よく経験する事です。たとえリウマチで亡くなられたとしても、それは、リウマチが原因であるわけはないのです。現代医学の長期にわたる免疫抑制剤による副作用のために、多くは、分けのわからない感染症で亡くなられるのです。
(コメント3)
難病といわれるリウマチの患者さんに対して、いわゆる宗教集団から、信仰すれば治ると誘惑され、大金をまきあげられる話もよく聞きます。宗教で不治の病が治るとすれば、医学はいらないことになります。しかし、リウマチやアレルギーに関しては、現代の医学は、自分の優位を主張できるほど、宗教より勝っているとは言えません。この患者さんが、私との出会いがあったのは、何も神様のおかげではありません。彼女が現代医学を拒絶し、その分、心の葛藤を自身が引き受け、さらに絶対に治る方法を模索され続けた暁に、やっと私のインターネットとの出会いがあったのです。それに加えて、私の理論を完全に理解できる高い知性があったからです。
現在インターネットには、無数の情報が飛び交っています。その中から私の理論を選び出し理解するということは、実は至難の業なのです。世界中の全ての医者がリウマチは治らないと断言している時に、インターネットを読むだけで、私の治療を受ける理解力と決断力を発揮できた彼女に、乾杯です。
複雑な現代社会の営みが専門分化され、莫大な情報が渦巻いている時代に、正しい情報を選ぶことは、素人にとっては、元来無理な話なのです。正しい情報を選択する資格と責任を、一般大衆に任せるのは、赤ん坊に投票権を与えるようなものです。従って、間違った情報を出す側に、責任を負わせるべきなのです。つまり間違った情報を与えて、受け取った側に不利益を与えたときには、罰せられるという法律があれば、この問題は簡単に解決できるはずです。しかし、いつまで経ってもこのような法律ができないのは、なぜでしょうか?考えてください。もちろんこのような法律ができれば、私は、一日に何千人という患者さんの診察で、文字通り忙殺されるでしょうが。何とならば、インターネット上に残される唯一正しい情報は、私だけが独占できるでしょうから。
(コメント4)
胎児は、母体にとっては100%異物です。全ての人間の細胞には、人によってそれぞれ異なる、MHCという独自の名札がついています。胎児の名札と母親の名札とは、全く異なっています。少なくとも、半分は違うのです。人体の免疫は、異なるMHCを持った異物が入ってくると、必ず排除しようとするのです。母親にとっては、胎児が最初に作り出した代謝産物は、異なったMHCを持った異物であり、これを、母体の脳が異物と感知します。それを嘔吐によって排泄しようとするのが、つわりなのです。
さて、このような過剰反応は、人体の働きのひとつとして、あちこちで見られます。例えばリウマチというのは、本来殺すべきではない無生物を、始めは殺すべき生物だと誤解して生じる過剰反応です。しかしながら免疫は、遅かれ早かれその誤りに気がつき、最後は、皮膚から排除すべくアトピーになり、「自然後天的免役寛容」を起こし、その異物と共存出来るのです。そうであれば、初めから殺すなどというような、余計な過剰反応をしなくてもいいはずです。さらにアトピーになった後で、その無生物を排除する必要も無いということが、いずれ分かります。最後の最後で、「自然後天的免疫寛容」によって、全て戦いを止めてしまうのであれば、最初から排除するという過剰反応をする必要もないはずですが、そこまで、人体は進化していないのです。これは、ちょうど、人間が始めて出会う人に対しては、過緊張して構えるのと似ています。これも一種の過剰反応であり、これらも全て、人体に必要な過剰反応と言えます。その異物に殺されると困るから、まずは相手を殺そうとして過剰反応をして、様子を見るのです。
妊娠4ヶ月ぐらいになると胎盤が完成され、胎盤は、ステロイドホルモンや女性ホルモンを産生し始めると同時に、胎盤の細胞は、赤ちゃんの名札であるMHC分子を作らせないようにしたりして、アレルギーを抑え始めます。これにより、胎児のみならず母体も、アレルギー物質から守られるようになるのです。この方の場合も、痛みは、受精してから胎盤ができるまでの間に生じ、その後、リウマチの痛みは、胎盤から放出される女性ホルモンが持っている、内因性のステロイド作用などにより、抑制されたのです。
(コメント5)
リウマチは慢性疾患だと言われますが、実は、急性の戦いの繰り返しに過ぎないのです。というのは、免疫は、アレルゲンが入る度に、異物と認識すると同時に、急速に排除しようとする闘いに過ぎないのです。その意味では、正しくは、リウマチは急性炎症性慢性疾患と言えます。従って、異物と認識することを止めれば、治る病気と言えます。私の発見した理論の素晴らしい所は、リウマチの痛みをアトピーの痒みに変え、最後は、「自然後天的免役寛容」を起こす事です。つまり、異物を痛みとして排除するリウマチの免疫の働きが、私の治療により、痒みとして異物を排除するアトピーの免疫の働きに変え、最後は、異物と認識することさえも止めてしまう「自然後天的免疫寛容」が、誰でも生ずるという点にあります。そして、リウマチもアトピーも、全て完治してしまうのです。
(コメント6)
私がこのような手記を書いてもらう理由の一つは、このような無用な落ち込みを避けさせてあげたいという思いがあるからです。日本には、およそ80万人〜100万人の悲しい運命を背負ったと思われているリウマチ患者さんがいますが、実は、80万人の、癌になりにくい、この世で最も幸せな運命を享受している人が存在することを、伝えたいのです。アトピーが病気でないのと同様に、リウマチは病気でないのです。いわば、地球の環境汚染を、誰よりも敏感に感じ取り、言葉ではなく自らの痛みでもって、現代文明を告発している、肉体の正義の先駆者なのです。このような素晴らしい人達の集団を病人扱いした上に、さらに永遠に治らない病気にしたあげく、その人達の人生の全てを地獄に引き落とすのは、一体どんな権利があって許されているのでしょうか?
リウマチの患者さんが癌になりにくい理由は、リウマチの患者さんが、最初に異物であるリウマチ抗原を見つけ出すメカニズムと、癌抗原を異物として見つけ出すメカニズムが、同じものであるからです。つまり他の人が気づかない異物を、真っ先に見つけ出し、排除する才能が高い、と言えるからです。事実、丸山ワクチンは、結核患者さんに癌が少ないという事実から発見されたのです。結核の患者さんは、常に結核菌と戦っているので、何時も異物を発見しようとする免疫が刺激され、否が応でも監視機構が高まっているので、癌細胞も見つけやすいということが分かったのです。そして、結核菌から、癌細胞を早く見つけ出し攻撃する癌ワクチンを作ったのです。いわば、リウマチの人は、生まれつき「丸山ワクチン」を持っている人なのです。同様に、リウマチ患者さんの癌の罹患率は、必ず低いはずです。皮肉なことを付け加えさせてもらえば、仮にリウマチ患者さんが癌で亡くなられたとすれば(嬉しい事に、私は寡聞にして、聞いたことがないのですが)、それは、ステロイドをはじめとする免疫抑制剤の為に、免疫の力が低下し、癌抗原を見つけにくくなった結果生じたと考えられます。
(コメント7)
死因は、もちろんリウマチではありません。やはり得体の知れない感染症だと考えられます。とにかくステロイドというのは、うかがい知れない魔法の杖であり、このような杖を、何故神(38億年の進化)は人間に与えたのでしょうか?答えは、ただひとつであります。それは、生死を分かつ激越な炎症時のみに用いるために、神様はとっておいてくれたのです。この致命的な炎症の中には、重症感染症や、ショック死をもたらすようなアレルギーも含まれます。ところが医者は、その違いをわきまえもせず、日常茶飯事にステロイドを使い出したために、神の怒りに触れ、副作用が大問題となってしまったのです。このような方も、ステロイドなどの免疫抑制剤を使う前に、私との出会いがあれば、このような運命に耐える必要がなかったでしょうに。残念です。
(コメント8)
お母さんが、アトピーのみならずリウマチも発症した方ですから、お母さんの遺伝子を多く引き継ぐ男の子は、必ずアレルギーになるように運命付けられているのです。
(コメント9)
授乳中にリウマチが悪化しない理由は、プロラクチンという黄体刺激ホルモンが高くなり、黄体が刺激され、卵巣の黄体から、黄体ホルモンであるプロゲステロンが作り続けられるからです。これもステロイド作用を持っている為に、リウマチの免疫作用が、部分的に抑制されていたのです。
(コメント10)
私としては、病気を治すことを生業としている、一介の開業医に過ぎない訳で、私の責任はただ一つ、看板に示されているように、病気を治すことだけです。病気を治すためにお金をもらっているわけですから、これほど当たり前なことはないのです。褒められる筋合いはありません。
日本の社会の根幹を揺るがす最大の欠陥は、重要な地位を占めている人たちが、責任を果たさないという点です。全ての分野で、取ったお金の分だけ責任を果たせば、全ての問題は解決できます。特にお金を取る側は、常に、知的にも制度的にも社会的にも強い立場にいるからこそ、お金をもらえるわけですが、その見返り分を、取られる側に返していない為に、全ての問題が生じるのです。
病気を治せないのに、何故お金を取られるのでしょうか?車の修理ができていないのに、お金を払う人がいるでしょうか。しかも、車は簡単に取り替えることができますが、人間の体はかけがえのないものです。もっと丁重に取り扱われてしかるべきものです。にもかかわらず、病気を作ってもお金がもらえる医療システムは、どうして生き続けるのでしょうか?考えてください。
(コメント11)
このピンクの小粒は、勿論ステロイドです。
(コメント12)
シオゾールという、金の筋肉注射です。金は、本来、金庫にしまったり、こっそり隠しておけば、財産価値があるでしょうが、体に入れても、残念ながら、体は、金の価値をわかってくれません。ただ異物と認識し、排除しようとするだけです。
もともとリウマチは、それまでに、すでに大量の異物が関節に溜まっているのを認識し、それをアレルゲンと認め、排除するために起こっている症状であります。にもかかわらず、さらに強力な異物である金を注射するとは、正気の沙汰ではありません。このために、副作用で腎不全を起こし、死んだ人もいます。当然なことです。ただ金であるシオゾールは、抗原性(いわば異物の強さ)が、体内に入り込んだ他のどんな化学物質よりも強いので、あらゆる免役の兵士たちを動員して、シオゾールを排除しようとするのです。その為に、他の本来のリウマチのアレルゲンが無視されてしまい、見掛けの痛みは楽になるのです。つまり一種の陽動作戦と言えます。
さらに問題なのは、わざわざ大量に注入した異物である金が、どのように処理されるかであります。腎臓から処理しようとして腎臓に蓄積し、腎機能障害などの副作用が生じるのであります。いうまでもなく、金療法も根本治療ではないわけですから、この治療法も間違っています。一言でいうと、金療法は、痛いところがあれば、その痛みを楽にするために、さらに強い痛みを別の所に加えて、安心しているようなものです。しかも自分の体に!
(コメント13)
このような無駄を省き、医療費を削減するためにも、今私がやっている、このような完璧なインフォームドコンセント(納得診療)を、全ての病医院に義務付けるべきです。つまり、このインターネットの私のホームページを読んでいる方は、受診せずとも、私がどのような考えで、どのようにして病気を治しているかが、わかるはずです。納得した方だけが、受診されたらいいわけです。
現在厚労省は、一番大事な情報、つまりどのような治療をしているのかを、看板に出す事を許していません。その結果、患者さんは、はしご酒ならず、はしご病院をやらざるを得ません。しかもある病院を受診するのは、多くの場合、素人の人達の評判で決まります。その評判には、実は病気の治し方については、一切根拠が含まれていません。スーパーに買い物に行くのと、ほとんど違いがありません。(スーパーに行く時は、少なくとも、値段が安く、品質の良いものを売っているということを、確認するはずですが。)
たとえば、リウマチで、ステロイドを使いたくない患者さんが、前もってステロイドを使う病院を知っていれば、初めから行く必要がないわけです。とすれば、行く病院がなくなりますが。さらにステロイドを使うとすれば、その病院は、なぜステロイドを使うのかを、説明すべきです。さらに使う以上は、そのステロイドの副作用について、前もって充分に知らせるべきです。インターネットは、このような受診をしなくても、ただで情報を得る事ができるという点では、まさに革命的と言えます。
(コメント14)
ほとんど全ての健康食品というのは、その効果のメカニズムや、その病気の治し方については、一切説明がありません。しかも私のように、自信を持って、リウマチを治すことが出来ると豪語している健康食品は、勿論皆無です。残念です。
(コメント15)
彼女の気持ちは、全ての感受性と知性をもっている人に共通している、真実の吐露に対する強い情熱だと思います。実は、私は医者として病気を治しているだけで、特別なことをしているとは感じていません。ただこのような心の叫びを聞くと、本当に素晴らしいことを毎日やっているのだと、改めて再確認する気になります。
体の病はもとより、心の病で悩んでおられるリウマチの患者さんが、世界中におられることを思うと、私の理論と実践が、世界中にいち早く認められることを、願わずにはおれません。その間、人の弱みにつけ込んで、お金を巻き上げる宗教団体が、世界中にはびこり続けているのも、嘆かわしい事です。宗教で病気が治るならば、医学は必要でなくなるでしょうに。敢えて付け加えさせてもらえば、この手記から、リウマチが治ることを知ってもらうだけで、「心のリウマチ」が治ってしまうという、無料の奉仕をやっているのではないかと、大きな期待を心密かに抱いています。
(コメント16)
このような無駄な滑膜除去術も、頻回に行われており、医療費を高騰させる一因となっています。私の治療法で、リウマチが全て完治するにもかかわらず、死ぬまで滑膜欠如人間のままに過ごさねばならないのは、残念です。それは、心のトラウマとして何時までも残るでしょう。ちなみに、完全に滑膜を除去しない限り、私の治療で、徐々にではありますが、滑膜の再生が見られます。
(コメント17)
リウマチは膠原病のひとつであり、一般には、関節の結合組織だけの病気であると考えられています。膠原病は、別名、結合組織病と言われます。結合組織とは、細胞と細胞を結びつけるボンドのような仕事をしている蛋白で作られている組織です。この結合組織で炎症が生じた病気の代表が、リウマチなのです。実はこの結合組織は、細胞を結びつける為に、体の全ての臓器において張り巡らされているので、他の膠原病が同時に、関節以外に、他の臓器に生じる可能性があります。
関節は、成人では全部で200個余りあり、かつ、関節滑膜は、大部分が結合組織で作られています。そこに異物が結合しやすいので、リウマチが関節に起こる可能性が、他の臓器に比べてはるかに高いのです。この意味では、リウマチは、あくまでも全身の病気を扱う内科の病気であって、整形外科の病気ではないのです。従って、他の臓器の結合組織の膠原病になっても、必ず関節の痛みが伴うのです。つまり慢性関節リウマチに加えて、時には、別の臓器の膠原病が並存している場合もあります。さらに、痛みが増えれば増えるほど、免疫系は仕事を増やし、その分、正常な人よりも余計なエネルギーを使い、余計な蛋白を作り、余計な炎症を毎日起こし、体の結合組織を傷つけ続けるわけですから、全身の倦怠感が出るのも当然なのです。リウマチは、全身の病気なのです。従ってリウマチは、全身科(?)で診るべきなのです。実は、本当に必要な正しい科は、「リウマチを治せる科」だけなのです。ハッハッハ!
膠原病は、自己免疫疾患と言われています。それは、自己の成分を、間違って敵とみなし、攻撃する、恐ろしい自己破壊の病気だと、考えられています。これは、完全に間違っています。まず、何故、膠原病が自己免疫疾患と言われるのかについて、説明しましょう。
膠原病の多くの患者さんの血清の中に、抗核抗体や、抗DNA抗体や、抗赤血球抗体や、抗糸球体基底膜抗体などの、自己の成分に対する抗体が、正常な人より多めに見られるからです。つまり、様々な自己の成分に対する免疫が出来ているので、自己免疫疾患と言われるのです。ところが、本当は、抗核抗体を始めとする、いわゆる自己抗体というのは、自己の正常な核(核酸)と結びついた、変性蛋白成分に対して作られた抗体にすぎないのです。つまり、自己の異常な蛋白成分に対して作られた、正常な抗体なのです。その理由を述べましょう。
三つ、あります。例えば、抗核抗体について、説明しましょう。始めに知っておいてもらいたいのは、抗体は、蛋白に対してのみ作られ、核酸は、蛋白ではないということです。
まずひとつは、全ての細胞の中に存在する核は、あくまでも核酸であって、蛋白ではないのです。つまり、核酸は、蛋白から出来ているのではないのです。従って、蛋白でない核酸に対しては、抗体を作る事は出来ないのです。もし抗体が作られたとしても、それは、核酸が成分である核自体に対してではなく、核の核酸と結びついた異常蛋白の全体に対して、抗体が正常に作られていると考えられるべきです。
二つ目は、正常な抗核抗体の上限は、40未満と言われます。ところが、膠原病の患者のいわゆる抗核抗体は、数十から数百に過ぎません。人間の細胞は、60兆個あると言われます。つまり、60兆個の抗体があります。もし本当に、免疫が、自己の60兆個の核に対して攻撃を挑むならば、抗核抗体というのは、無限大になるはずです。にもかかわらず、千以下の抗核抗体しかないのは、一体どうしてでしょう。免疫というのは、有か無か、働くか働かないか、のどちらかです。免疫は、情け容赦のない、徹底的な戦いを貫徹するものです。戦う以上は、60兆個の核に対して、闘いを挑むはずです。にもかかわらず、この程度の武器である抗核抗体を作るだけで、満足するはずはありません。つまり、この抗核抗体は、核に対する抗体ではなくて、敢えて言えば、炎症の為に破壊された細胞の核と、結合組織の変性蛋白の複合体を、異物と認識して、排除しているだけなので、わずかな抗体で充分なのです。例えば、リウマチの場合は、関節内の、蛋白で出来た結合組織である滑膜に付着した異物を排除する際に、とばっちりを受けた周辺の細胞も崩壊し、その中に含まれた核も、炎症により変性してしまうのです。これらの複合物を異物と認識した時にだけ、免疫が抗核抗体を作るのです。
三つ目は、正常な人でも、血清中に、何故、40未満の抗核抗体が見られるのでしょうか。答えは簡単です。人体を構成する60兆個の細胞は、毎日新陳代謝をやっています。古い細胞が、新しい細胞と入れ替えられる際に、古くなって処理された細胞の核に、炎症の結果、異常になった結合組織の蛋白が結びついて出来上がった複合体が、時に免疫細胞に発見されて、正常な人でも、40未満の抗核抗体が作られているのです。ただ、慢性に結合組織の炎症を起こし続ける、いわゆる膠原病の人は、常に結合組織の周辺の細胞も崩壊するので、その細胞から漏れ出る核が多い為に、作られる抗核抗体も多くなり、その数値も上昇するのです。
従って、以上に説明したような、正常な人でも作る抗核抗体が多いからといって、特別視することはないのです。
(コメント18)
手術は整形外科医の仕事を増やし、人間を人工関節ロボットにするだけですから、人間を、生命体から死体へと、徐々に変えていくだけです。実は、何もしないで痛みを我慢し続ければ、いずれは炎症を起こした関節は固まり、多少の機能障害は生じますが、骨粗しょう症もたいして進行する事もなく、勿論リウマチで死ぬ事は決してないのです。しかも、手術をしても、痛み止めや、抗リウマチ薬やステロイドを飲まし続け、再び次の手術の準備をしているわけですから、益々手術の意味がないのです。その上、最後の最後は、ステロイドを含む様々なリウマチ薬の副作用で、わけのわからない死に方をしてしまうのが落ちです。(勿論医者は、決して薬の副作用で死んだとは言いませんが。かと言って、リウマチで死んだとも言いませんが。)実際、現代医療を拒否し、10年以上も自然に放置したリウマチの患者さんが、何人も来られています。私の治療により、徐々に変形も改善していく上に、残っているリウマチ抗体も、炎症も、なくなっていきます。個人差は色々ありますが。しかし、いつまでも強い影響を残すのは、ステロイドの注射であり、ステロイドの内服薬であります。くたばれ!ステロイド!蛇足ですが、手術の後のロボット関節は、死ぬまで消え去りません。
(コメント19)
リウマチを治してあげると保障してあげない限り、また実際に治してあげない限り、医者がどんなに同情し優しい言葉をかけても、患者にとっては、治らないという言葉とまったく変わりません。私が初診で出会うすべての患者さんに、「あなたのリウマチを、必ず治してあげる。」と言うだけで、リウマチは半分以上治っているのです。この言葉だけで、「心のリウマチ」は、完治しているからです。残す所は、「肉体のリウマチ」だけです。
しかし残念ながら、以下に挙げる、現代医療の特別な犠牲者である人達は、リウマチが完治するのに時間がかかります。私に出会うまでに、何回もステロイド注射をされていたり、ステロイド内服剤を何千mgあるいは一万mg以上も飲み続けてきた人、それから種々の手術をやってきた人、生真面目に抗リウマチ薬や鎮痛剤を10年以上も飲んできた人、短期間であっても大量に抗リウマチ薬や鎮痛剤を服用してきた人、リウマチの罹病期間が10年以上の長期に渡った人、リウマチ以外の膠原病も併発している人です。さらに、長期間アレルギー性鼻炎(花粉症)やアトピーの治療で、大量にステロイド薬であるセレスタミンを服用したり、ステロイド注射をされた為に、抗体の「いわゆる逆クラススイッチ」が生じてリウマチになった人達は、大変治りにくいのです。というのは、このような患者さんは、自然に生じるクラススイッチ(「自然クラススイッチ」と、私は呼んでいます。)を行う遺伝子が、ステロイドで傷つけられているので、自然にクラススイッチして、元のアレルギーに戻すことが出来にくいのです。さらに、リウマチ抗体であるIgG抗体から、アトピー抗体であるIgE抗体に戻ったとしても、抑制Tリンパ球もステロイドで異常にされているので、IgE抗体のレベルでの、抑制Tリンパ球による「自然後天的免役寛容」が起こりにくいのです。とりわけステロイド注射は、「自然クラススイッチ」も「自然後天的免役寛容」も、徹底的に抑制しているので、この働きが目覚めるのに、長い時間がかかるのです。
さらに、ステロイドを含めた様々な痛み止めを、大量に服用してきた人は、痛みを引き起こす遺伝子を抑制してきたので、痛み止めの服用を止めると、必ず、痛みがひどくなります。しかしリウマチを完治するには、このようなステロイドを始めとする鎮痛剤を止めた後に生じる、激しい痛みのリバウンドにも、耐え切らねばならないのです。とりわけステロイド注射が、全ての痛みに、断トツに即効性があります。従って、リウマチと診断される前に、整形外科医に、五十肩や腰痛症やひざ関節症と誤って診断される事が、日常茶飯事にあります。こんな場合、痛みを取る為に、ステロイドと告げられずに、気軽にステロイド注射をやられた患者さんは、私の治療中に、痛みが強度になるのみならず、その痛みが長く継続します。気の毒な事ですが、この時こそ、患者の体力と、精神力と、忍耐力が試される、極度の試練の時となります。しかし、私の治療により、必ず「リウマチは完治する」と確信すればするほど、それだけたやすく乗り切れるのです。苦しければ苦しい時ほど、私の患者さんの手記と私の理論を何十回も読んで、治る確信を強めて下さい。必ず、治してあげますから。
何れにしろ、ステロイドの意味を全く理解せずに、ステロイド一本だけで、世間を渡り続ける整形外科医が全国津々浦々にいるのは、至極残念です。余計な治療さえしなければ、リウマチなんてのは、風邪より簡単に治るのです。
(コメント20)
頚椎がリウマチの炎症を起こしていても、私の治療により、痛みが消えたのみならず、機能も完全に戻るという事実は、極めて貴重です。一般には、頚椎は、最後に侵される部位であると言われており、すぐ近くに生命中枢である延髄があるので、命を守るために残された治療法は、手術しかないと書かれています。そのような患者さんが回復したのは、教科書を書き換えねばならない、特記すべき朗報だと考えます。
私の経験と考えでは、放置されたリウマチ患者さんの頚椎が、リウマチのために犯されることは有り得ないのです。その理由の一つは、頚椎のような、いわばほとんど隙間が無く、可動範囲の狭い関節に、異物が入り込む可能性は、極めて少ないからです。異物は、屈伸が極めて簡単に出来る、手首や足首、手指や足指、腕や肩やひじ、ひざや股関節など、関節に入る事を選ぶものです。二つ目は、現代医学の治療を受けていない患者さんのほとんどが、リウマチの炎症の後、炎症が起こり易い関節が変形してしまえば、その関節の機能障害が残りますが、痛みは消えてしまいます。この時も、頚椎の障害を訴えた人は、誰もいませんでした。三つ目は、頚椎に問題があった人は、全て、やはりステロイドを、大量に、長期に飲み続けてきた人だけです。つまり、ステロイドの骨粗しょう症を引き起こす副作用が、頚椎の関節にも生じたためと考えられます。この方の場合は、罹病期間が長期に渡り、その間、痛み止めや抗リウマチを毎日服用していたために、時に、頚椎にも軽い炎症が起きたのです。
あらゆる病気の症状は、炎症によるものです。従って、ステロイドは、炎症を即座に止めてしまうので、一挙に見掛けの症状が消え去ってしまいます。素人の患者さんは、症状がなければ、病気が治ったと単純に信じ、簡単に、医者の治療に満足してしまいます。従ってステロイドは、医者にとって、最高に都合のいい薬なのです。しかも、ステロイドの副作用の毒々しさについては、医者は一言も触れる必要がないので、このようなインチキも許されるのです。
数多くの病気の原因は、ステロイドを始めとする、薬による医原病であると、私は考えています。しかし医原病については、いかなる医学書にも掲載されていません。私に言わせると、「医原病」というタイトルの、大冊の医学書が書かれるべきです。頚椎リウマチも、医者が作った病気、つまり、医原病であると考えています。私の仕事は、まさに、医原病を正す仕事であり、つまりは、ステロイドを始めとする免疫抑制剤の副作用を除去する為に、私のエネルギーのほとんどを、日夜注いでいるのです。
(コメント21)
現代医学のリウマチ治療は、言うまでもなく根本治療ではありません。原因はともかくとして、リウマチは、免役の働きの結果生ずる現象である事は分かっているので、やみくもに免役を抑制する薬を投与します。勿論その薬も、人体にとっては異物であり、それを処理する役目を担っているのは、肝臓と腎臓と免疫です。従って、処理能力を超える量の化学物質(薬)が投与されると、肝機能障害や腎機能障害が生じたり、アレルギーが出ます。そのため、手遅れにならないように、毎月一回、血液検査や尿検査を行って、異常が見つかれば、薬の投与を止めるのです。血尿も、その薬のために出現した腎機能障害の症候として、見つけられたものであります。リウマチそのもので、血尿が出る事は決してありません。
とりわけ、痛み止めとして、最もよく使われるロキソニンやボルタレンは、長期間大量に使用すると、必ず腎臓障害をもたらします。リウマチは必ず治る病気でありますが、腎機能障害や腎不全を起こすと、二度と腎臓は正常に戻ることはありません。ひどい腎不全の場合は、腎透析を一生続けねばならなくなります。リウマチは治ったけれども、薬の副作用の為に、新たなる医原病で一生苦しまざるを得なくなるのです。この方は、本能的に薬を拒絶しようと努力し続けたために、不治の薬害から逃れることが出来たのです。何れにしろ、薬は、根本治療が可能な薬以外、出来る限り飲まないに越した事はありません。
(コメント22)
私が医療界に最も貢献している事は、リウマチの患者さんの病気を治しているという事実よりも、治る病気だと断言し切り、これを世間に知ってもらっている事です。如何に心の強靭な人間も、死ぬまで、徐々に悪化する病気を背負っていく宿命に出会えば、必ず鬱になってしまうでしょう。私も、強度な偏頭痛と右目の強度視力障害が治らないということを知った時に、本格的なうつ病になり、5年間近く、自閉症同然の精神生活を送ったこともありました。20年近く、常に自死を考えながら生きた事もありました。この時に、必ず治るという確信を与えてくれる医者との出会いがあったならば、あれ程苦しまなかった事でしょう。誰も治してくれなかったので、自分で治す為に、府立医大に入りなおしたのです。そして、私の病気の原因が、頚椎症である事がわかり、さらに、うつ状態が悪化しました。しかしこの病があったからこそ、なりたくない医者にもなり、このような、リウマチも含めた全てのアレルギーを完治できる理論と治療法を、見つける事が出来たのです。その意味では、20年にわたる偏頭痛や右目の強度視力障害こそが、リウマチを治す事が出来たと言えるのです。偏頭痛や右目の強度視力障害よ、有難う!
世界中のリウマチ患者の皆さん、リウマチは、必ず治る病気なのです。最近、私のインターネットを読んで、遠方から来られた男性のリウマチ患者さんが、とっても素敵なセリフを伝えてくれました。「先生の論文の中に、『リウマチは、風邪よりも楽な病気です。何となれば、リウマチで死ぬ事はないから。』とあるのを読んで、リウマチの苦しみの全てが消えてしまいました。」と。勿論、私の言葉には、ただし書きがあります。現在の間違った一切の医療を受けなければ、と。とりわけステロイドの注射は、絶対にさせてはいけません。アトピーの治療でステロイドを使うことが、患者にとっては最悪の治療だということが分かっています。にもかかわらず、リウマチ治療で、さらに甚大な悪影響を及ぼすステロイド注射やステロイド内服剤を、気軽に投与する整形外科医が、全国に余りにも多すぎる事は、至極残念です。
ステロイドの注射が許されるのは、生死を分かつ緊急事態から、一時的に逃れる場合だけです。というのは、早かれ遅かれ、必ず、再び、炎症と免疫の働きが、倍になって戻ってくるからです。つまり、ステロイドのリバウンド(離脱症状)が、必発であるからです。
実は、ステロイドの副作用の最大なるものは、リバウンドと言えます。しかし、どの本にも、このリバウンドの副作用については、触れられていないのです。絶対に触れなければならないのに、何故、医学徒は触れないのでしょうか?理由は、幾つかあります。まず一つ目は、一時的に症状を抑えても、後で再び、始めの症状よりも強い症状が出現する事を患者に伝えれば、誰もステロイドを使わないからです。二つ目は、ステロイドを上手に使い続ければ、リバウンドを、何時までも先送りする事が可能であるので、その場逃れが出来るからです。三つ目は、リバウンドについて何も言わなければ、何年後か、あるいは、十数年後にリバウンドが生じても、それがステロイドのせいだという事を、隠蔽する事が可能であるからです。従って、誰が、何が、そのようなリバウンドを起こしたのかを、明確にする必要がなくなるからです。四つ目は、ステロイドを長期に使えば、最初の症状とは全く違った症状が重なり、分けのわからない、多彩な、複雑な症状を呈し、ステロイドの連続したリバウンドがひき起こした問題ではないように、思わせる事が可能であるからです。五つめは、何故リバウンドが起こるのかを、患者に説明せざるを得なくなった場合、その明らかな論理的矛盾を曝け出す事を避ける為です。つまり、免疫を一度でも抑制すれば、抑制された免疫はいずれ目覚めて、再び同じ働きを取り戻します。従って、リウマチを含めた全てのアレルギーが、免疫の働きである事は百も承知の上で、ステロイドを使って免疫を一時的に抑制する治療は、論理的に矛盾している事を、公に認めることにもなるからです。これは科学者である医者にとっては、耐え難い屈辱となるのです。
アトピーにしろリウマチにしろ、どれだけリバウンドが出るかは分からないので、何時治るかも分かりません。私に言わせれば、リウマチを含めた全てのアレルギー患者さんに出会った途端に、「必ず、治してあげる。」と、口癖の如く保証してあげているだけでも、天に昇る気になってもらっているはずです。言い換えると、「松本医院に来る」のは、「リウマチ・アレルギーの全てが治る」のと同義語なのです。にもかかわらず、感動も示されずに、事務的に「何時、治るんですか?」などという、とんまな、馬鹿げた質問をする、愚かな患者が多すぎます。
ご存知のように、私は口は悪いですが、他人の心を誰よりも感じ取れる、感受性の高すぎる男であります。何時治るかについても、明確な答えがあれば、真っ先に伝えてあげたい気持ちは、人後に落ちません。それが言ってあげられないのは、私の仕事が、とどのつまりは、他の医者が犯した、目に見えない免疫に対する犯罪(ステロイドの使用)の後始末ですから、どれだけ免疫が傷ついているか、分かりようもないからです。つまり、どれだけの傷を、どれだけの時間をかけて癒してあげるかは、その傷を見せてもらわなければ分かりません。リバウンドという形で、その傷が、初めてあらわになるのです。リバウンドは、私の治療中に、始めて出現して来るものであり、とにかく、現代の間違った医療の後遺症を、全て、リバウンドという形で吐き出させなければ、見えてきません。
例えば、初診の患者さんのIgG抗体や、炎症の度合い、IgE抗体の高さ、アレルゲンの数などは、採血をしてみて、始めて分かるのです。いわんや、これらのデータが、リバウンドと共に、未来どのように変化し、最後に「自然後天的免役寛容」が何時起こるかを知る事は、現在の時点では、完全に不可能です。つまり、絶対治してあげるという保障をする事で、私はノーベル賞受賞者になる可能性に加えて、もし何時治るかを予言できれば、現代のイエス・キリストに祭り上げられる事になります。とんでもない事です。しかし、人は必ず死ぬという事を予言できる程度に、「リウマチもアトピーも、全て、必ず、私が完治させてあげる。」と断言出来ます。
過去の一時期にしろ、セレスタミン・プレドニン・リンデロンなどのステロイドを服用してきた人は、覚悟して、リバウンドを乗り越えなければならないのです。とりわけセレスタミンは、最も狡猾で、イヤらしい、欺瞞的な、極悪な薬と言えます。セレスタミンは、リンデロン(強力なステロイド剤)そのものでありますが、ほとんどの人が、普通の医者でさえもが、ステロイド剤であることを知りません。単なる痒み止めと考えて、一日に3錠、数年、ルンルン気分で服用し続けてきた患者の、何と多いことでしょう!そのリバウンドたるや、生き地獄そのものです。全身からリンパ液がとめどなく漏れ続け、体全体がむくみ、ひどい時には、手足の腫れが2倍3倍になって、むくみ、わけも分からない微熱が長期間見られます。頭髪やまゆげは抜け、体の皮膚は全て崩壊し、痒みと、不快さと、痛みで、一睡も出来ず、皮膚の色は黒コゲになります。手のひらや足の裏には、膿汁を大量に含んだ水泡があふれ出します。人間が人間の形相を呈しなくなることもあります。さらに、ブドウ球菌感染が起これば、38度以上の高熱が続き、その上に、ヘルペス感染によるカポジ水痘様疱疹が見られれば、私の手には負えなくなったりした事がありました。
16年間の全身全霊を尽くした臨床体験から、前人未到の、私独自の完璧な治療法を身につけたので、近頃は、入院させる必要もなくなってきたのですが、このような耐え難いリバウンドを許して続けてきた現代医療に対して、激しい憤りを感じています。ひどい人では、このような状況が、2年近くも繰り返し続く事があります。このような患者さんが苦しんでいる間も、悪徳医師達は、何の罪の意識もなく、責任も一切とらずに、セレスタミンを痒み止めとだまして、出し続けているのです。何故厚労省は、「ステロイドの副作用を言わなければ、使えない」という通達を、出さないのでしょうか。国民のための医療と言いながら、実は、医原病を作って、国民を愚弄しているのではないでしょうか。残念です。皆さん、セレスタミンは、ステロイドそのものですよ。絶対に飲んではいけませんよ。
また、ステロイドの注射をしてきた人の中にも、様々な人がいます。肩が痛むからといって、何回もステロイドを肩に筋肉注射をした人、炎症を起こした膝の関節の漿液を抜く度に、ステロイドと言われずに、何回も関節腔内にステロイド注射をされた人、痛みのある所に、痛み止めだとだまされて、ステロイドを注射された人、よく効く痛み止めだと言われて、こっそりステロイドを静脈血管内注射されたり、点滴をされた人、花粉症の為に、何回もステロイドの筋肉注射を繰り返して、リウマチになった人、この人達のリバウンドも、ひどい時は筆舌に尽くせません。
何故、他の医者は、こんなにステロイドが好きなのでしょう。勿論、全ての免疫と炎症を即座に消してくれるので、患者に喜ばれる事、この上ないからです。次に、ステロイドは、人間が体の中で作っている副腎皮質ホルモンと同じものですから、一時的に、少々多い目にぶち込んでも、副作用が絶対といってもいいくらいに出ないので、安心して使えるのです。それどころか、他の薬の副作用の全てを、一時的に隠す事さえ出来るので、副作用を取る為にも用いられているくらいです。ですから、如何に重宝な薬かが分かるでしょう。他の薬の、このような副作用は、勿論、免疫の働きの為に生じているものですから、ステロイドが免疫抑制剤として使われて、副作用を取る事が出来るのです。一言で言えば、ステロイドは、短期的な副作用が皆無なのです。敢えてステロイドの短期的な副作用と言えば、女性ホルモンに対する影響のために、生理が狂ったり、更年期障害のような症状が見られるくらいですから、極めて使いやすいのです。ところが、他の痛み止めを用いれば、ステロイドほどの即効性がない上に、ショックを起こす可能性があるので、整形外科医は、ステロイドを、鼻歌まじりで、安心して乱用出来るのです。
さらに、素人の患者さんは、痛みの原因を知るよりも、その場で痛みを消してくれる医者を、優れた医者と思い込み、喜んで宣伝してくれます。厚労省は、現在、どういうものか、医院や病院の治療内容を、看板には書かせてくれませんから、病医院の宣伝は、無知な患者にさせる以外はないのです。こんな時、ステロイドは、最高の宣伝効果を発揮してくれます。
現代の教育は、本質を教える事はしません。覚えるだけです。何故という疑問詞が、日本の教育から完全に消えてしまいました。何故、このような痛みが出るのか?何故、この注射が効くのか?何故、この病気が治るのか?何故、治らないのか?などの疑問を感じる患者は、皆無です。全て他人任せです。言い換えると、正しい保健教育がなされていないからです。保健教育の第一歩は、薬は毒薬である事を教える事です。薬は、出来る限り飲まないのが、最善なのです。
さらに、一時期にしろ、大量にステロイドを塗ってきた人、花粉症で、一時的に症状を良くする免疫抑制剤を、色々使われてきた人、この人達は、まずほとんどが、ステロイドを使ってきたことを正確に覚えていません。というのも、日本中の医者で、堂々と「ステロイドを使います。」と公言する医者は、皆無だからです。私以外の全ての医者が、アトピーもリウマチも治す事が出来ないわけですから、何れ副作用が問題になると言う事を重々知った上で、後ろめたさを感じながら、仕方なしに使っているからです。
私の医院に来られた人は、必ずステロイドを使ってきておられるので、私は、リバウンドが酷くなりそうな人に対しては、密かに、私の自宅の電話番号を教える事があります。勿論、時には、ひどくなりそうでない人でも、恐ろしいリバウンドを経験する人もいますが。正確には、どれだけリバウンドが出るのかは、やってみなければ分からないことは、既に説明しました。いずれにしろ、どんなにリバウンドがひどくても、リウマチそのもので死ぬ事はありません。しかし、リウマチがクラススイッチをしてアトピーに変わった時に、アトピーの激しいリバウンドで、理論的には死ぬ事もあり得るのです。それは、感染症のためです。アトピーの治療は、初めから終わりまで、如何に黄色ブドウ球菌感染症とヘルペスウィルス感染症にならないかが、一番大切なのです。言うまでもなく、私のアトピーの治療で、取り返しのつかなかった事は一度もありませんが。
(コメント23)
どうせ見るんだったら、もっと早く、私のホームページを見てもらいたかったのに、と思うのは、この患者さん対してだけではありません。私との出会いが早ければ早いほど、苦しみは少なく、治るのも早くなります。現代の医学の本にも、リウマチは早期発見・早期治療と書かれています。ところが、治るとは絶対に書いていません。しかも、現代医療の治療を早く開始すればするほど、根本治療から遠ざかる上に、薬の副作用で、一層悩まなければならなくなります。つまりリウマチ以外に、新たなる病気を生み出すことになります。私の治療とは、全く異なります。私の治療は、早期発見・早期治療・早期完治となります。
(コメント24)
現代西洋医学におけるリウマチ治療の最中に、検査をしても、全く意味はないのです。それは、正しい免役の働きを抑制する薬を投与している時に、体の免疫の状態を見ても、ニセの情報しか手に入らないからです。値が悪ければ薬を増やし、値がよければ薬を減らすというシーソーゲームをやればやるほど、根本治療から遠ざかり、最後は、薬の副作用で悩まざるを得ないのが関の山です。免役を抑えてはいけないのは、人の心の正義感を抑えてはいけないのと同じです。免疫を抑える事を許されるのは、抑えなければ命がなくなる場合だけです。
(コメント25)
日本人は珍しがり屋で、根拠も無しに、新しいものに飛びつきます。確かに、目先を変えて新しい治療法に飛びつく事が、運をもたらす事もありますが、どんな治療法も、治る正しい理論がベースになければ、意味のないことです。漢方は、中国が本場でありますが、中国本土の中医(ちゅうい)や日本の名医と言われる漢方医の中には、私のように、リウマチを漢方で治せると豪語できる人は誰もいません。それは、彼らが、リウマチを治す理論を全く知らないからです。それどころか、近頃は、本場の中国でも、東洋医学ではリウマチは治せないという理由で、アメリカや日本の西洋医学の真似をし始めています。残念です。三千年の東洋医学の中に、治療経験というダイヤモンドの原石がちりばめられているのに、まやかしの西洋医学の治療法をありがたがる、中国の医者に、言ってあげたいのです。祖先の英知を踏みにじるな、と。
(コメント26)
私の患者さんで最も賢い人は、読んだその日に、私の医院に馳せ参じられる方です。その意味では、この人は、当院の患者さんの中で、最も聡明な方の一人です。医者や学者でさえ理解できない私の理論を、それなりに理解し、患者の手記のコメントも納得して来られる患者さんこそ、私の治療を受ける資格が与えられる方です。いわば、この世に生まれ出ようとしているダイヤモンドの原石を、見分ける直感を持った患者さんです。だからこそ、このような素晴らしい手記が書けるのです。手記を書いてもらうのは、何も随筆を書いてもらうためではありません。私の理論が世界に認められるまでには、これからも長い道のりが待っているでしょう。それまで、私の理論を支えてくれる人達は、私の治療により、理論どおり治っていく患者さんであり、かつ、嘘偽りのない説得力のある、詳細な証拠となる、このような手記です。勿論、このような手記を通じて、良くなった患者さんのほとばしり出るような喜びも、今苦しんでいるリウマチ患者さんに伝えたいのは、言うまでもありません。
(コメント27)
初めて私のこのホームページを読まれた方は、どんな人も、この手記が、真実の記録であるかどうかを、まず疑われるでしょう。こんな疑問を簡単に解く法律があれば、私の、このような疑いに対するストレスは、ゼロになります。その法律とは、嘘の情報を流してお金を儲ければ、2倍返しをするという法律です。首を長くして、この法律の成立を待っているのですが、いつ出来るでしょうか?答えは簡単です。このような法律を作る国会議員を選べばいいのです。つまり、大衆が、もっと賢くなればいいのです。そうなれば、あなた方も、いかなる情報にも、だまされる事が皆無となることでしょうに。この方は賢い方ですから、直感的にも論理的にも、私が嘘をついているわけではないと、完全に分かって受診されたものですから、私に何一つ不安を感じられなかったのでしょう。賢明な人にとっては、「私のこのホームページを見た。受診した。治った。」ということが、始めから分かっていると言っても過言ではないのです。従って、リウマチ完治の唯一の条件は、私との出会いだけです。
(コメント28)
アトピーにしろ、リウマチにしろ、治してあげたにもかかわらず、手記を書いてもらっていない患者さんが、数え切れないほどいます。世界の全ての医者が治らないと断言している病気を、私が見つけた理論と治療法で、「リウマチは治る」と、私自身が大声で言った所で、誰が信じるでしょうか?治してもらった患者さんだけが、この事実を体験し、心はもとより、体から、この真実を、世界に訴える事が出来るのです。いわば、リウマチ完治の生き証人なのです。この証人の心からの叫び声を、誰が疑うでしょうか?リウマチを治してもらいたいと思う人は、私が必ず治してあげます。私との出会いが早ければ早いほど、早く治ります。治りもしない現代医療をたっぷりと受けた人ほど、治りが遅くなります。ただそれだけです。ステロイドを、絶対使ってはいけません。単なる痛みで、ステロイド注射をしては、絶対ダメです。勿論、他の痛み止めや抗リウマチ薬を使ったのが、少なければ少ないほど、それだけ私の仕事が減ります。
(コメント29)
私は、偽善家になるよりも、偽悪家になりたいのです。勝手にイメージを膨らませてもらって、特別な医者だと思われたくないのです。生業として医療をやっているだけであり、その責任は、ただ、病気を治す事です。私がリウマチを治しているのは、全く当たり前の事です。たまたま他の人が治せない病気を、治す事が出来るだけです。治せる病気を治せると言っているだけで、他に何の意図もありません。元来、私が医者になったのは、医者になりたくてなったのではありません。自分の病気を治すためだけだったのです。まず何よりも、私は医者である前に、一人の人間でありたいのです。従って、私が治せる病気を、何故、他の人が治せないのかについて語ることのほうが、はるかに興味があります。リウマチもアトピーも、私の理論と治療法をもってすれば、全て治るわけですから、その福音たるや無限大です。
にもかかわらず、私の治療法が、世の中に、何故普及しないかについて考える事があります。これは、政治の問題です。従って、政治の話もしたがる男です。民主主義とは、元来、政治システムを意味します。つまり、民衆の全てが、政治的人間になることを、前提条件として要求されるのです。ところが、ほとんど全ての人が、政治について無知です。何故、こんな事がまかり通っているのでしょうか?医者も政治家も一般大衆も、だれも責任を取らなくなりました。また全ての人が、何故、このように無責任になったのでしょうか?考えて下さい。
本当の話を、もう一つ語りましょう。私の所へ、五つ六つの新聞社や出版社が、このような私の理論と手記を、本にして出版したいと、電話をしてくれました。しかし、色々な理由で、即座に断りました。その答えは、明々白々です。私の治療法が世界中に広まれば、私は一夜にして、世界最高の有名医者に変身するでしょう。しかも、もし本を書くとするならば、そのタイトルは、「治らなければ、2倍返しをするリウマチ治療法」と決めています。論理的には、全てのリウマチ患者さんは、私の治療を受けなければ、損をすることになります。というのは、タイトル通りに、リウマチは治って当たり前ですが、治らなければ、お金儲けが出来るからです。となれば、世界中の何千万人というリウマチ患者さんが押し寄せてくることになります。ひょっとすれば、お金儲けの為に、仮病のリウマチ患者さんもやってくるでしょう。私は、一日で死んでしまうでしょう。私は、患者の為に死ぬ事は、絶対イヤです。アハハハ・・・
(コメント30)
西洋医学は、根本治療が不可能であることは言うまでも無く、対症療法に過ぎません。一時的に見せかけの症状が良くなるだけで、薬を止めれば、症状がなお一層ひどくなる事や、その他の副作用については、全く触れられていない点が、問題なのです。どのようなやり方にしろ、免疫を抑制すると、必ず免疫からの逆襲であるリバウンド(反跳現象)が起きるのです。免疫の第一原理として認識されるべきなのに、完全に忘れ去られているのが、「免疫は、抑制されれば、抑制された事を覚え続け、抑制の効果が切れた時に、必ず、免疫の働きを再開する。」ことなのです。つまり免疫を抑えることは、全く意味が無いのです。この事実を、医者は、患者に伝える事をしないために、不幸が起こるのです。もっと正確には、他の医者達は、この事実を知らないので、伝えようがないと言うべきかもしれません。残念なことです。この不幸の後始末の大部分を、私がさせてもらっているのです。私は構わないのですが、当の患者さんの苦しみを、患者さん以外の、一体誰が引き受けてくれるのでしょうか?言うまでもなく、どんな患者さんも、前もって、この免疫抑制剤の副作用を告げられたならば、誰も使わないでしょうが。こんな薬を、何故、厚労省が認めるのでしょうか?
(コメント31)
私が、唯一の救世主である事を終える日も、近い事でしょう。というのは、いずれ近い将来、私の理論と治療法が、世界中に広まる日からです?(と心から望んでいますが。)今の私の仕事は、受診されたリウマチの患者さんを、一人一人、確実に治していくことが、全てだと考えています。ところで、リウマチ患者さんを10万人以上治したら、ノーベル賞をもらえるかな??????????
(コメント32)
この方のように、これほど明確に、頭脳の芯からも、心の底からも、私を信じてくれると、半分以上治療が終わっている事になります。つまり、頭と心のリウマチがまず完治し、終わったことになるからです。残るのは、肉体のリウマチだけです。私の治療を受けながらも、疑心暗鬼の患者さんが、時におられます。私は、そのような患者さんに、疑いを晴らしてあげる為に、はっきりと言ってあげます。私の医院に来るか来ないか、私に治してもらうかもらわないかのどちらかであり、「来る以上は、必ず治してあげるから。」と。さらに、時には冗談まじりで、「治らなかったら、払ったお金は全部かえしてあげるから、治った時には、2倍お金を下さい。もしよければ、契約書を作りましょうよ。」と言っています。残念ながら、今のところ、この契約書には誰もサインしてもらっておりません。
(コメント33)
この方が、これだけ私の治療を確信されたのは、やはり私の理論を完全に理解されていたからだと思います。皆さんも、必ず、5回以上読んでください。患者さんの手記も大事ですが、それ以上に大事なのは、治る根拠である理論ですから。ところが残念な事に、日本人は、本当の勉強を嫌がるようになりました。不治の病と言われている、自分自身の病気であるリウマチを、治してもらうために、私の医院に来られるのに、インターネットを読んでも、私の理論と治療法を全く理解していない、蒙昧な患者が多すぎます。自分の人生の半か丁かを決めてもらう、理論と治療法に、何も関心を持たない患者もたくさんいます。「おまえら、アホか!」と、怒鳴りたくなる一瞬です。来るまでに、私の理論を理解する為に、たっぷりと時間を費やして下さい。5回読んでもダメなら、10回読んでください。それでも理解出来なければ、全て私に任せなさい。リウマチは、治してあげます。私に出会うまでは、ステロイドを絶対使ってはいけません。
(コメント34)
お灸をする意味について、説明しましょう。
第一に、局所に、瞬時に、数百度を超える熱を加え、血管を最大限拡張することによって、周囲から血流を集め、炎症産物を一挙に流し去ることであります。その結果、発痛物質も運び去られると同時に、炎症の跡の修復物質を運んでくれます。漢方を飲む事によって、これらの老廃物を腎臓で処理するのです。
第二には、熱を加えられて変性した皮膚(人為的な火傷と言える皮膚)が、免疫によって異物と認識され、排除されるために、アトピーを自然に生じさせる事です。するとBリンパ球は、大量の熱によって変性した自分の皮膚の細胞を、殺すものではなくて、外へ排除すべきものと認識して、リウマチ抗体であるIgG抗体をクラススイッチさせて、IgE抗体を作るように、自然に変化させていきます。(そのメカニズムは、遺伝子学的には、京大の本庄庶《ほんじょたすく》先生によって解明されていますが、何がクラススイッチをするように指令するかは、知られていません。)IgE抗体が作られれば作られるほど、IgG抗体の産生が減少し、リウマチに使われるリウマチ抗体も減少し、リウマチの痛みも楽になっていくのです。
第三に、熱を加えることによって、物理的に、痛みの感覚を麻痺させ、痛みを楽にする事も可能になります。いわば、痛みを熱さに変えると言ってよいでしょう。
第四に、経絡(けいらく)の経穴(つぼ)にお灸を据えると、血液やリンパ液の流れをよくするので、免疫が高まり、クラススイッチも出来やすくなる上に、アトピーが生じてからも、「自然後天的免役寛容」にもなり易くなるのです。
このように、免疫は、刺激すればするほどよいものですが、決して抑制してはいけないのは、いまさら言う必要もないでしょう。ちなみに、お灸の跡が残るからといって、おざなりなお灸で済ます人がいますが、お灸の跡も、いずれ必ず消えてしまうものです。
(コメント35)
この方のように、全身に、一日に数百箇所し続けた人もいます。いや、千回(千壮)も、お灸を据えた人もいます。激痛があり、浮腫の強い局所は、お灸を据えれば据えるほど、症状は軽減します。いずれにしろ、リウマチの治療は、一人で出来るものではありません。この方の家族の皆さんのように、愛情にあふれた協力が、絶対に必要です。
(コメント36)
(1)
まず、リウマチの完治の終盤には、必ずアトピーが出ます。
(2)
そして、私がリウマチを治す事が出来るのは、何回も触れているように、アトピーをも治す事が出来るからです。
(3)
さらに加えると、リウマチとアトピーとは、結局は、同じ病気である事を見つけたからです。
この3つの事実を見つけたのは、3億円の宝くじに、3年連続して当たった幸運に相当するのですが、治った患者さんしか認めてくれないのは、残念な事です。いずれにしろ、この方も、元来アトピーも鼻炎もあった方で、現代の間違った皮膚科や耳鼻科のアレルギーの治療の果てに、リウマチになられたのです。このように、リウマチの多くは、人体が、わざわざ賢明にも抗体のクラススイッチをして、異物を、正しく、アレルギーで排除しているにもかかわらず、それを抑制したために、発症したのです。抗体の「いわゆる逆クラススイッチ」が生じ、IgE抗体の代わりにIgG抗体が増加し、リウマチになってしまったのです。従って、リウマチの正しい治療法は、元の正常なクラススイッチをさせてあげて、最後はアレルギーに戻し、IgE抗体のレベルで、始めて「自然後天的免役寛容」を起こすことです。それで、リウマチもアレルギーも、一緒に完治してしまうわけです。従って、私がリウマチを完治させることができるのは、アトピーを完治させることが出来るからです。ところで、人によっては、アトピーの治療の方が、リウマチ以上に、はるかに難しいことがあります。それは、アトピーに際しては、感染症が新たに問題になるからです。リウマチの治療中に、感染症のことを心配する必要は全くありません。その為にも、必ずアトピーの理論と手記も、全てのリウマチ患者さんに、義務的に読んでもらうわけです。
ちなみに、免疫を抑えなければ、アトピーや花粉症の人が、リウマチになる事はあり得ないのです。というのは、IgG抗体が、一度IgE抗体にクラススイッチすれば、逆に戻ることはないのです。先ほど「いわゆる逆クラススイッチ」と言ったのは、免疫を抑制すれば、Bリンパ球がクラススイッチをする働きも抑制されるので、IgG抗体が、自然にIgE抗体に変換されることが出来なくなるためです。いつまでもIgG抗体が作り続けられて、リウマチ抗体であるRF(リウマチ因子)が減らないのみならず、さらに、IgG抗体にも変化しないで、その変化する前のIgA抗体やIgM抗体も、リウマチの患者さんの血液の中に見られるからです。
ここで、原点に戻って、抗体の話を復習しましょう。抗体には、5つのクラスがあります。IgM抗体、IgD抗体、IgG抗体、IgE抗体、IgA抗体があります。これらの抗体を作るのは、Bリンパ球です。骨髄から生まれたばかりのBリンパ球は、最初にIgM抗体とIgD抗体を作ります。これらの抗体が、Bリンパ球の遺伝子の組み換えにより、IgG抗体に変わります。これが1回目のクラススイッチです。次に、これらの抗体が、2回目のクラススイッチして、IgE抗体を作るのです。
(コメント37)
何回も繰り返して言っているように、リウマチは、風邪の治療よりも楽なのです。ただし、一つだけ、絶対条件があります。受診される前に、現代医療の免疫抑制という阿呆な治療を、一切受けておられないことです。残念ながら、そんな人は滅多にいません。それどころか、恐ろしい程の間違った治療を受けてこられた例が、無数にあります。ステロイド静脈注射を何十本もやられた人、痛い関節に100本以上もステロイド注射をされた人、有名なステロイド内服剤であるプレドニンを何万mgも服用した人、副腎皮質機能の抑制が強いリンデロンを大量に服用してきた人、この人達のステロイド離脱の際のリバウンドの苦しみたるや、生き地獄です。ただアトピーと違って、痛みとだるさだけが主要な問題になり、身動きが長期間不可能となり、時には寝たきりになるだけで、感染症の恐れは全く無いので、生死の淵をさまよう事はないのです。その他、様々な無意味な免疫抑制剤を、たっぷりとぶち込まれて来た患者さんばかりです。従って、私の仕事の全ては、これらの薬の影響を除去する事なのです。とりわけ、ステロイドホルモンのプレドニンやリンデロンは、副腎皮質の働きを抑制しているので、急に止める事ができないのです。急に止めると、ショック死することがあります。しかも、このような非常に重篤で恐ろしい、ステロイドの重大な副作用さえ、患者に伝えない医師が多すぎます。このステロイドを止めて、副腎皮質の機能を正常に戻すだけでも、大変な事なのです。従って私の仕事は、他の医者の作った病気の後始末になるのです。この患者さんは、痛み止めの座薬を使わなくなると、私の仕事が減る事をよく理解しておられたので、面白おかしく、このような皮肉を言われたのだと思います。
(コメント38)
この方は、12年間のリウマチ罹病歴があったのですが、その初期の2年間は、妊娠と授乳の期間であった為に、リウマチ薬が飲めなかったのです。さらに、この患者さんは、ステロイドの怖さを骨髄まで知り抜いておられたので、ただの一回しかステロイドを使って来られなかったことが、リバウンドがそれほど酷くなかった理由です。逆に、その分だけ、心のリウマチが重篤だったのです。
(コメント39)
漢方は、関節の炎症の後始末を腎臓でやりやすくするために、腎血流量を増やし、その結果、尿量が多くなります。
(コメント40)
リウマチは慢性疾患と考えられていますが、私に言わせると、急性疾患の繰り返しに過ぎないのです。つまり、急性炎症が一過性に生じると、同時に痛みも生じますが、どんな痛みも、数日で必ず消え去ってしまうのです。痛みは永遠に続くのではなくて、免疫を抑制しなければ、最後には、全て痒みに変わってしまうのです。私の治療においても、当然、免疫を抑制しないわけですから、必ず痛みが出ます。その痛みを、いかに早く消し去り、痒みに変えてしまうかだけが、私の仕事になるのです。最後に、「リウマチもアトピーも、根治出来る」という事を確信すれば、痛みにも痒みにも耐える力が倍増するのです。
(コメント41)
何故私だけが、「リウマチは、絶対治る」と言い切れるのでしょうか。私が世界で初めて見出した「リウマチ完治の理論」は、「アトピーの完治の理論と実践」から生まれました。ここに至るまでには、長い苦しい道のりがありました。小学校5年生の時に、硬球が目に当たり、右目の眼球の強度変形と、その時に生じたむち打ち症のために、第2頚椎が徐々に変形していきました。そして中学3年生の頃から、右の後頭部の偏頭痛の症状が出だしたのです。勉強したくても、睡魔に襲われ、すぐに眠ってしまったのです。その上、右後頭部が燃えるようで、不愉快で、視界がボーッとしていました。私の特技である、一瞬にして目で覚える力も、どんどん落ちていきました。この原因が分かったのは、京都府立医大の2回生の時でした。その後、鬱々として、やっと医者になったのですが、脳血流を改善する漢方との出会いがあった上に、20年近くの間に、右後頭部の側副動脈が新たに出来て、十分な酸素を脳に送る事が出来るようになったのです。それにつれて、いつの間にか、睡魔も頭痛も無くなったのです。それと共に、徐々に勉強も可能になり、免疫学を本格的にやり始めたのです。皮膚科の臨床をやっていく中で、アトピーは皮膚の問題ではなくて、まさに免疫の現象である事に気づき、その根治の理論と治療法を見つけ、完成させたのです。同時に、リウマチの患者さんを治療しているうちに、全てのリウマチの患者さんが、アトピー症状を出す事に気がつきました。さらに、本庶祐(ほんじょたすく)先生のクラススイッチの理論と出会い、リウマチもアトピーも、同じ免疫の働きである事をも含めて、全てが腑に落ちたのです。実は、開業後、十年の年月をかけて、博士号を取得出来たのも、偏頭痛が無くなったからなのです。ちなみに、本庶祐先生は京大教授であり、日本のノーベル生理医学賞の最右翼の候補者です。
(コメント42)
この方は、ステロイドを使わなかった分だけ、苦しい心の葛藤があったのです。私の「リウマチは治る」という理論と実践との遭遇により、一瞬にして心の悩みが消滅した時に、この方の重すぎた心のリウマチも完治してしまったのです。元来、病というものは、1%が肉体の病気であり、99%が心の病です。この方のように、とりわけ賢い知性の高い人は、私と出会うだけで、リウマチは治ったと同然なのす。
(コメント43)
私の治療を受け始めてすぐに、患者さんが、「何ともいえない体のだるさが、消えていく」と、異口同音に伝えてくれます。リウマチが、完治への第一歩を、確実に踏み出している事が分かります。リウマチは、炎症を起こす場所が関節でありますが、それは、免疫の働きの発現の場所の一つに過ぎないのです。実は、体全体の、目には見えない、必死の防御反応による、総力戦なのです。いわば、異物との戦いは、免疫機構、神経系、内分泌系を駆使した総力戦であるので、それに用いられるエネルギーは、莫大なものです。徐々に良くなると共に、消費されるエネルギーが温存されればされる程、体は楽になっていきます。
(コメント44)
免疫現象であるリウマチは、内分泌系(ホルモンの働き)にも大きく影響を与えます。漢方煎剤の効果もあったでしょうが、それ以上に、乱れていた内分泌系が正常に戻る過程の一つとして、生理にも変化が見られたのでしょう。
(コメント45)
ステロイドの副作用は、単に免疫を抑制して、後でリバウンドという免疫の逆襲に苦しむだけではありません。ステロイドの副作用の項目の中に書かれているように、ステロイド白内障もあります。これを間違って、アトピー性白内障と巷で言われていますが、アトピーで白内障になることは、絶対にないのです。さらに、リウマチで、骨粗鬆になることも滅多にないのです。にもかかわらず、多くの医学書には、リウマチを放置しておくと骨粗鬆になると、間違って書かれています。それを鵜呑みにしたほとんどの医者達が、ステロイドを使い始めてしまうのです。実は、このステロドこそが、骨粗鬆を引き起こす真犯人なのです。リウマチに対する、許し難い冤罪です。
元来、リウマチは、汚染環境から人体の関節に入り込んだ無生物である異物を、殺す必要がないのにもかかわらず、殺すべき生物だと思い込み、過剰防衛をして、生物を殺す事の出来るIgG抗体を作り、痛みを引き起こしてしまう、無駄な過剰反応なのです。始めから、無生物を排除するためのIgE抗体を作るべき所を、生物を殺す為のIgG抗体を作ってしまうこと、これこそが、本当は、過剰反応(アレルギー反応)と呼ぶべきものです。ところが残念な事に、免疫は、時に、自分の敵を、始めから、殺すべきか排除すべきか、また無生物か生物かを、判別出来ないことがあるのです。従って、いくら賢明な免疫といえども、敵が無生物であるにもかかわらず、始めは、人体を殺す生物だと思い込んで、このような無駄な過剰反応をするのです。ところが、その敵が無生物である事に気がつくと、IgG抗体をIgE抗体に作り変えて(クラススイッチして)、正しい正常な免疫反応であるアトピー(所謂アレルギー)を起こさせます。この時に初めて、無生物を殺すのではなく、IgE抗体を用いて、皮膚から排除出来るシステムを作動させるのです。最後は、自分に危害を及ぼす異物ではないと判断した無生物に対しては、「自然後天的免役寛容」を起こし、共存出来るようになっているのです。これを、私が世界で初めて、臨床的に見つけ出し、最新の免疫学の知識でもって、正しく理論化したのです。ちなみに、生物である異物に対しては、絶対に「自然後天的免役寛容」を起こし得ないのです。というのは、生物は人体中で増殖し続け、人間を殺してしまう可能性があるので、共存出来ないからです。以上が、私の「革命的リウマチ完治の理論」の根幹なのです。つまり、リウマチは正しい免疫反応の出発点であり、アトピーは、正しい免疫反応のゴールなのです。リウマチも、アトピーも、絶対に、間違った免疫の反応ではないのです。本当の敵は、環境の中の汚染化学物質なのです。
(コメント46)
この方は、痛み止めとしてボルタレン座薬だけを毎日用い、それに加えて、抗リウマチ薬を毎日服用しておられたので、それなりに免疫に抑制がかかって、風邪を引きやすかったのです。実は、風邪のウィルスを殺すのも、リウマチで痛みを引き起こすのも、免疫の働きとしては、ほとんど同じだと言ってもいいのです。というのは、人体に異物が侵入すると、免疫はその異物を認識し、それをTリンパ球に提示して、最後にBリンパ球にIgG抗体を作らせるまでは、ほとんど同じだからです。ただ、やっつける相手が違うだけです。つまり、IgG抗体で捕まえている相手が、ウィルスであれば風邪になり、無生物の化学物質であれば、リウマチを引き起こすのです。リウマチ自身は、いわば免疫の亢進状態ですから、常に免疫の働きが刺激されて、活性化していると言えるので、あらゆる異物を認識しやすく、何も免疫を抑制する治療をしなければ、風邪も引きにくく、さらに癌にもなり難いと言えます。
(コメント47)
良くなってくると、必ず体重が増えてきます。それはまず、痛みを起こすエネルギーや、痛みに耐えるエネルギーが不必要になる上に、気分がよくなると、食欲も亢進するからです。
(コメント48)
不治の病とされているリウマチを治してあげる事により、リウマチ患者さんの幸せを、これだけ多く増やしていることを、この手記から読み知り、改めて、医者になった事を、自ら幸せだと思います。さらに、私の治療法が全世界に広まり、世の中の不幸を幸せにする事に、少しでも貢献できれば、かけがえのない独自の人生を送った証となるでしょう。その日は、何時来るのでしょうか?それまで世界のリウマチ患者さんが、絶対にステロイドを使わないように、心から祈るしかありません。ちなみに、この患者さんの服用したステロイドは、たった1錠のリンデロンだけだったようです。(リンデロンは、副腎皮質を抑制する力が強い割には、痛みを取る力が弱いので、滅多にリウマチの治療には用いないのが、常識となっていますが。)だからこそ、この方は、このように極めて順調に、リウマチが治っていったのです。
くたばれ!ステロイド!治り難いリウマチ患者さんは、ステロイド注射を安易にやられた人です。一本のステロイド注射に含まれているステロイドホルモンは、100%体内の免疫細胞のリセプターと結びつき、簡単に遺伝子に入り込んでしまいます。正しい遺伝子の働きを抑える事によって、Tリンパ球とBリンパ球の働きを妨害し、さらに抗体のクラススイッチを強く抑制するのみならず、リウマチをアトピーに変えた後の、「自然後天的免役寛容」をも起きなくさせてしまっているのです。ところが、ステロイド注射の副作用が、まるで眼中にない整形外科医が、全国津々浦々にわんさといます。近頃は、ほとんどのアトピー患者さんが、アトピーでステロイドを用いるのは、全く意味が無いということを理解しています。ところが、リウマチで、整形外科医がステロイド注射を用いる怖さに関しては、知らない人が多すぎます。日本人は、もっと薬の怖さを知るべきです。薬は、あくまでも毒である事を認識すべきです。対症療法は、いわば、毒(薬)をもって毒(病気)を制しているにすぎないのですから、最後は、二つの毒でくたばってしまうのです。結局の所、多くの病気の根本治療は、体自らの免疫が自然に行っているのです。私は、その手伝いをしているだけです。言い換えると、体に入れていいのは、汚染されていない食べ物と飲み物だけで、他は不必要な毒なのです。ただ近頃は、必要な食べ物と飲み物に、汚染化学物質が否が応でも含まれており、それがアトピーの原因でもあり、リウマチの原因になっているのです。勿論、他の病気を治す薬の為に、新たにリウマチが発症することも、しばしば経験しています。
ちなみに別の観点から、何故ステロイドの影響を除去する事が難しいかを説明しましょう。人間の体は、いわば化学工場であり、常に二つの物質が結びついて、化学反応を起こしながら、生命活動を続けています。人体に絶対に必要な化学反応の中で、最も結びつきが強固であるのは、ステロイドを代表とするホルモンと、ホルモンレセプター(受容体)であります。次に、所謂抗原(アレルゲン)と抗体(IgE抗体)が結びつく、抗原抗体反応であります。3番目が、酵素と基質とが結びつく、酵素反応であります。これらは、人体に欠くべからざる3大化学結合反応と言えます。3つの中の、どれか一つでも結合が不可能になれば、人間は死んでしまいます。しかも、ステロイドホルモンの結合力が最高である為に、免疫反応を抑制出来るのです。逆に言うと、すでにリセプターと不必要に結びつき過ぎたステロイドを切り離す事が、一番難しいと言えます。従って、切り離す時に生じるリバウンドが、どぎつく、しかも長い時間がかかる理由です。この観点から見ても、生死に関わらない時にステロイドを投与する事が、如何に罪多い事であるかがお分かりでしょう。
(コメント49)
この事件は、まさに、不必要な化学物質が含まれている卵や、変性した蛋白を含んでいる卵を食べると、この卵がアレルゲンとなって、新たにリウマチを引き起こすという、意図せざる人体実験であったのです。さらに、卵がアトピーの3大アレルゲンであることは、既に知られている事でありますが、Bリンパ球の抗体のクラススイッチが、完全に行われていない時には、リウマチになる事を示しているのです。
ここで更に付け加えると、卵が、赤ちゃんにアトピーを引き起こし易いのに、何故リウマチを起こしにくいかを、考える必要があります。その答えの一つは、赤ちゃんは、殺すべき敵と排除すべき敵とを簡単に見分け、正しいクラススイッチを行って、アトピーになり、最後は、「自然後天的免役寛容」になりやすい、とだけ言っておきましょう。逆に言い換えると、同じアレルゲンである卵に対して、赤ちゃんのうちに「自然後天的免役寛容」を起こしておけば、リウマチになり難いと言えます。
(コメント50)
強調しても強調しすぎる事は無いのですが、この方は、ステロイドを1錠だけしか飲まなかったので、簡単に夢が実現できたのです。12年の苦しい精神的葛藤は、肉体の痛みよりも強かったのですが、断じてステロイドを服用しようとしなかった、断じてステロイドを注射させなかったために、これほど楽にリウマチが改善していったのです。皆さん、ステロイドを簡単に使ってはいけませんよ。
(コメント51)
このような文章に対して、私は、コメントするすべを持ち合わせていません。彼女は、もう全て語り尽くしてくれています。にもかかわらず、強い同意を込めて、コメントをさせてもらいます。今、ほとんど全ての赤ちゃんに、多かれ少なかれアトピーが見られます。卵が一番大きなアレルゲンとなっています。これは、当然の事なのです。人間の血中には、アルブミンとグロブリンという蛋白が見られます。実は、アルブミンというのは、卵の白身を意味する言葉だったのです。アルブミンの仕事の一つは、様々の物質を結び付けて、運搬することです。このアルブミンに化学物質がひっついて、アレルゲンとなるのです。しかしこの方は、12年もの間、痛み止めの抗炎症剤や抗リウマチ薬を飲み続けてこられたので、普通ならば、このような、いわば賞味期限を過ぎた卵を食べると、アトピーが出るはずなのに、リウマチに出てしまったということになります。つまり、これは、まさにリウマチもアトピーも、同じ原因で生じ、結局は同じ病気である事を物語っているのです。私は冗談交じりに、「もう一度食べたら。」と言ったのですが、本当は絶対やって欲しかったのです。というのは、私の理論を、この方を通じて、実際にもう一度再現したかったのです。(これも、私の好きな冗談が少し入っていますが。)勿論このエピソードを、このように解釈出来ることを許されるのは、世界で私一人だけですが。ちなみに、この人はすでに、抗体のクラススイッチをして、アトピーが出てしまったので、今この実験をすれば、リウマチよりも、むしろアトピーが出るはずです。
(コメント52)
すべてのリウマチ患者さんは、必ずIgG抗体がクラススイッチして、IgE抗体に変わるBリンパ球が出現しだすと、徐々にアトピーが出だします。激しく出れば出るほど、痛みが痒みに変わるわけです。私がこの事実に気がついた時、造化の神の素晴らしさ(気の遠くなるような38億年の進化の不思議)に驚嘆したものです。関節から出せない異物を、皮膚から出すという離れ業が、免疫の働きの中に隠されていたからです。しっかりと、私のリウマチ根治の理論を読んで下さい。
(コメント53)
お灸をする意味はすでに書きましたが、次のような言い方も出来ます。いわば、お灸をすることで、まず、皮膚の蛋白を変性させます。その焦げた皮膚の蛋白を、免疫に、新たに異物と認識させ、関節の敵から皮膚に向かわせる、陽動作戦であります。と同時に、症状を痛みから熱さに変えると言えます。鍼については、炎症の痛みを、刺す痛みに変え、免疫を高めていると言えます。私に言わせると、鍼灸が魔法の力を持っているわけではないのです。ところが、リウマチの痛みが減っていくにつれて、このような陽動作戦の必要性が無くなって来ます。ということは、体で抗体のクラススイッチが始まり、リウマチが良くなっていく事が自然に分かるわけです。それと共に、血液検査においても、全ての値が改善していくのです。私の治療は根本治療でありますから、当然のことなのです。
(コメント54)
アトピーしろリウマチしろ、どれだけリバウンドが出るかは、分かりません。とりわけ、過去の一時期にしろ、セレスタミン・プレドニン・リンデロンなどのステロイドを服用してきた人。また、ステロイドの注射をしてきた人。一時期にしろ、大量にステロイドを塗ってきた人。さらに、花粉症で、一時的に症状を良くする免疫抑制剤を色々使われてきた人。この人達は、まずほとんどが、ステロイドを使ってきたことを正確に覚えていません。というのも、日本中の医者で、堂々とステロイドを使いますと公言する医者は、皆無だからです。私以外の全ての医者が、アトピーもリウマチも治す事が出来ないわけですから、何れ副作用が問題になると言う事を重々知った上で、後ろめたさを感じながら、仕方なしに使っているからです。この意味で、私は、リバウンドが酷くなりそうな人に対しては、密かに、私の自宅の電話番号を教える事があります。勿論、時には、ひどくなりそうでない人でも、恐ろしいリバウンドを経験する人もいますが。正確には、どれだけリバウンドが出るのかは、やってみなければ分かりません。いずれにしろ、どんなにリバウンドがひどくても、リウマチそのもので死ぬ事はありません。しかし、リウマチがクラススイッチをして、アトピーに変わった時に、アトピーの激しいリバウンドで、理論的には死ぬ事もあり得るのです。それは、感染症のためです。アトピーの治療は、初めから終わりまで、如何に黄色ブドウ球菌感染症とヘルペスウィルス感染症にならないかが、一番大切なのです。言うまでもなく、私のアトピーの治療で、取り返しのつかなかった事は、一度もありませんが。
(コメント55)
宇宙がビッグバンによって生じてから、140億年。生命が誕生して38億年。進化を繰り返し、現生人類が誕生して600万年。つまり人間の頭脳が出来上がったのは、たった600万年に過ぎません。ところが、免疫が出来始めたのは、生命が出来上がった時ですから、38億年もの間、営営と免疫の進化があったわけです。一方、600万年の短い期間に、少しばかり進化した人間の頭脳は、38億年という、いわば無限の年月に耐え抜いてきた、ほとんど完全ともいえる免疫の進化を、残念ながら理解できないのです。この厳粛な事実を、他の全ての医者は気がついていません。にもかかわらず、完璧な免疫の働きの結果生じたアレルギーを、病気だと言い続けています。アレルギーの生じる、ほとんど全てのプロセスが理解されているにもかかわらず、最終段階の炎症の症状だけを病、気だと言い切る、アレルギー学会のお偉方をはじめとする全ての医学者や医者には、辟易します。
このような考え方が、如何に愚かで間違っているかを、次のような例え話で証明する事が出来ます。細菌やウィルスが体内に侵入した時に、それを殺す為に、様々な免疫が発動され、最後は、とっておきの武器であるIgG抗体を作って、闘いが終わります。その際、いわゆる感染症による、痛み、発熱、発赤、腫れ、機能障害などの、人間にとって極めて都合の悪い症状を伴います。これを、炎症の5大症状といいます。ところが、この五つの症状が、人間にとって都合が悪いからと言って、この免疫の働きを非難することは断じてないのです。にもかかわらず、アトピーや花粉症、喘息、結膜炎などの症状だけは、何故否定するのでしょうか?現代文明が作り出した、人間にとって不都合な異物であり、無生物である化学物質を排除する為に、IgE抗体を用いた時に生じる症状であるのが、アトピーや花粉症、喘息、結膜炎などです。これだけを、何故否定するのでしょうか?このような考え方に、一体、どんな正しい論理があるというのでしょう。完全に間違った論理なのです。ただ、IgE抗体と結びついている敵が、人間の英知が作り出した化学物質であることを、どうしても認めたくない為だけなのです。つまり、人間だけが作る事を許された文明を、否定したくないのです。
細菌を殺すIgG抗体を用いる免疫と同じく、精巧極まりないIgE抗体を用いる、アレルギーの免疫の働きを、人体の免疫は、無意味に今も残しておくでしょうか?例えば、類人猿は、不必要になったしっぽを、樹上生活をしていた数百万年前に、欠落させていたのです。その後人類は、類人猿の毛皮も、消滅させました。つまり進化とは、不必要なものを退化させ、必要なものを益々精巧に、かつ精妙に、かつ複雑に作り上げていったのです。無脊椎動物は、抗体を作る事は出来ないのです。ただ、脊椎動物だけが、抗体を作る事が可能になったのです。進化し続けて、これらの抗体が作り出されるようになるのにも、何億年もの年月がかかっているのです。その結果、必要だからこそ、IgE抗体も作られたのです。まさに、アレルギーの免疫は、進化の、素晴らしい、最終ゴールの一つなのです。にもかかわらず、愚かな医者たちが、アレルギーを悪者扱いしているのは、全く理解出来ません。痒みも必要だからこそ、免疫は、38億年の進化の所産として、残しておいたのです。まさに痒みは、掻く事によって、異物を体内から体外へ掻き破り捨てさせるのです。こんな簡単な意味を理解出来ない医者が、果たして科学者の風上にいてもいいのでしょうか?睡眠中さえ、本能を乗り越えて、免疫の命令により、掻き続け、体内から異物を排除しようとする高貴な戦いを、誰が否定する権利があるのでしょうか?進化の意味を全く理解できない人だけの、愚行です。
(コメント56)
赤ちゃんが最初に出会うアレルゲンは、否が応でも食べなくてはならない食べ物にひっついている、農薬、保存剤、抗生物質、そのほかのあらゆる食品添加剤の化学物質、つまり異物であります。従って、これらのアレルゲンになる化学物質で味付けされた食べ物を、食べない限りは、絶対にアトピーは起こらないのです。しかし生きるためには、食べなければなりません。。全ての飲食物には化学物質が混入していますから、数品目の食事制限をしても、他の食品から入ってくる化学物質に対して、必ずアトピーを起こしてしまうのです。つまり、食事制限の意味は全くないのです。実は、私の理論というのは、極めて自然に生まれたものなのです。餓死しないためには、例えアトピーが出ていても、とにかく食べ続けなければなりません。ところが、何時までもアトピーが出続けるものでない事を、そのうちに知るようになったわけです。つまり事実として、先に「自然後天的免役寛容」を見つけたのです。その意味付けをしたのが、私の理論なのです。私は、何も朝から晩まで、どうしたらアトピーが治せるのかを考えたわけではありません。ステロイドは、何の意味もない薬だという事を確信しながら、日々、臨床の中から学び取った免疫の事実を、最新の免疫学と結び付けて、打ち立てた理論が、「自然後天的免役寛容」なのです。
(コメント57)
リウマチの患者さんの子供さんが、重症のアトピーになるのは、極めて自然なことです。異物を認識する優れた能力が子供さんに伝わるのは、当たり前のことです。とくに母親の資質は、男の子供さんに伝わる度合いが多いものです。男性を決める性染色体であるXYのYは、極めて小さいyであり、男性の生殖器を決めるだけの仕事しかしていないのです。残りの大きいXに、様々の遺伝的特性が、女性である母親から伝わっているのです。この症状が出始めた頃に、私との出会いがあれば、これ程苦しむ必要はなかったのです。普通のアトピーの赤ちゃんで、一切現代医学の治療をされないで私の治療を受ければ、平均5〜6ヶ月で、食べ物に対して「自然後天的免役寛容」が起こります。食べ物から侵入する化学物質を出す為の、皮膚の傷がなくなれば、その傷から侵入する、ハウスダストやダニが運ぶ化学物質に対するアレルギーは、起こりにくくなります。その結果、食べ物に対する「自然後天的免役寛容」が起これば、アトピーの症状は極端に軽くなるのです。しかし、特に強いアレルギーの赤ちゃんでは、「自然後天的免役寛容」が生じるのに、時に1年以上かかることがあります。
(コメント58)
この赤ちゃんは、かなり重症の、強いアレルギーを持っていたように思われます。
(コメント59)
このような思いがけない仕打ちを子供に与えたのも、何もお母さんが悪いわけではありません。全ての医者が、愚かにも掻いてはいけないなどと、間違ったアドバイスをするものですから、良くしてあげたいと思っているお母さんが、思わず子供のためにしてあげたことなのです。責任を持つべきは、やはり医者なのです。医療界なのです。このような医者が、赤ちゃんが寝ながらも掻きまくっている事実を知らないのだとすれば、やぶ医者の極みです。
(コメント60)
ステロイドの恐ろしさを教えてくれても、食事制限による栄養不良の問題や、食事制限をすることによって、どのようにアトピーが治るのかとか、何時、何故、どのように、食事制限が解除されるのかについて、何も教えていない所が、大問題なのです。さらに、昔食べていた食事が、何故良いのかについても、説明がありません。
(コメント61)
いわば、子供に良かれと思った事を、医者にそそのかされてやっただけのことなのです。ましてや、素晴らしい優秀な免疫系を持って生まれた子供を、医者が病気だと間違って宣告したために生じた感情ですから、何も自責の念を感じる必要はないのです。
(コメント62)
勿論この結膜炎は、感染性の結膜炎であったので、点眼薬を出したのです。アレルギー性の結膜炎の場合は、漢方で、簡単に症状が取れます。アレルギー性の結膜炎の場合は、絶対に点眼薬を使ってはいけません。これらの点眼薬には、必ず、ステロイドか、抗アレルギー剤か、抗ヒスタミン剤が入っていますから、使ってはいけないのです。勿論、同時に起こっている事がありますが、この場合は、感染性の結膜炎であったので、一週間で良くなったのです。
ちなみに、風邪薬にも、抗ヒスタミン剤や、抗アレルギー剤などが入っています。アレルギーの人が飲めば、風邪が治った後、必ずアレルギーのリバウンド症状が出る上に、何時までも「自然後天的免役寛容」が起こらないので、飲んではいけないのです。よく風邪をひく子供がアレルギーが完治しないのは、このためなのです。知っておいて下さい。
(コメント63)
近頃の若い人達が、リウマチになる一番大きな原因は、長期に渡って、花粉症で、現代西洋医学の治療を受けた為です。いわゆるT型のアレルギーである花粉症の治療のため、耳鼻科で、長期にセレスタミンというステロイドを飲まされたり、また花粉のシーズンごとに、ステロイド注射を何回もやったために、「いわゆる抗体の逆クラススイッチ」が起こって、リウマチになる人が多くなりました。
クラススイッチというのは、リウマチで用いられるIgG抗体が、アレルギーの抗体であるIgE抗体に、自然に作り変えられることです。何回も繰り返しますが、IgG抗体の本来の仕事は、体内に侵入してきた命を脅かす生物を殺す事です。これは単純に、人体で生物がはびこるのを防ぐためのみならず、その生物が作り出した、人体に有害な無生物である異物を作り出させないためにも、殺さなければならないのです。(人体が作り出すものは、胎児以外は、全て無生物なのです。)さらに、そのような無生物である異物は、血管の中に蓄積され始めると、免疫は、IgE抗体を作り出すのです。IgE抗体は、無生物である異物を排除する時にのみ用いられます。激しいアレルギー反応を起こし、血管を虚脱させ、血圧を急激に降下させて、ショック状態を起こす事を防ぐ為でもあるのです。本来、IgE抗体の活躍する場所は、血管外なのです。何故ならば、血管の中でアレルギー反応を起こすと、上に述べたように、確実にショック状態を起こしたりするからです。だからこそ、肥満細胞は、血管内にはないのです。ショックを起こす化学物質であるヒスタミンやブラジキニンなどのアミン類や、ロイコトリエンやプロスタグランジンなど脂肪酸などを作り出す、肥満細胞は、血管内にはないのです。しかしながら、無生物である薬剤などの異物を、注射で大量に血管内に注入したり、気管から大量に吸入したり、腸管から大量に吸収したりした場合に、いわゆるアナフラキシーショックを起こす事が、極めてまれに見られます。
ところで、人体に有害な出来事とは、何でしょう。答えの一例を述べておきましょう。人体は、極めて複雑で精密な化学工場と言えます。生命を維持し続ける為には、この化学工場の化学反応を、順序良く連続的に起こさせ、常に正しく稼動させなくてはなりません。一方、生体内のほとんど全ての化学反応(代謝)は、すばやく反応を起こさせる為に、酵素という蛋白質が必要なのです。この蛋白質を触媒と言います。この触媒である蛋白質と結びついた反応物質を、基質と言います。酵素と基質の反応を、酵素反応と言います。ところが、外から侵入した異物である蛋白質は、この酵素反応を妨害することがあるのです。この時、様々な病気が生じます。つまり異物としての蛋白質の中には、間違った触媒となって、この酵素反応を止める可能性があるので、これらの見慣れない蛋白質(異物)を、免疫反応を使って排除するのです。排除しなければ生命活動が出来なくなるので、まず免疫反応を、酵素反応よりも早く起こさせます。その為に、免疫反応の結合力の方が、酵素反応の結合力よりも、強くなっているのです。さらに、妊娠中に、胎盤で大量のステロイドを作るのは、アレルギーの免疫反応が胎児に及ばない様に、一時的に免疫反応を止める必要があるからです。従って、ステロイドの効果を高める為に、ステロイドホルモン反応の結合力の方が、免疫反応の結合力よりも強くなっているのです。
さて、人体の免疫の司令官であるTリンパ球が、異物を関節で殺す事が出来ないと判断した後、Tリンパ球の命令により、Bリンパ球がIgE抗体を作り、無生物の異物と結びついて、無生物の異物を皮膚から排除します。最後には「自然後天的免役寛容」を起こし、命に別条がないと判断して、その異物と共存出来るのです。これこそが、リウマチがアトピーに変わるメカニズムであるのです。この理論を見つけ出し、リウマチを含むアレルギーの全てを治せるのは、世界で、私ただ一人であるわけです。従って、他の耳鼻科医や皮膚科医が、やたらにステロイドを使って、見掛けだけの症状を抑えにかかるのは、仕方のない事なのです。ましてやその結果、彼らが、IgE抗体を、元のIgG抗体に「いわゆる逆クラススイッチ」させ、リウマチを作ってしまう事など、露程も知らないのは至極当然なのです。ここでも、大声で叫びたいのです。「ステロイドは、絶対使うな。」と。
クラススイッチというのも、実は、「自然クラススイッチ」というべきものであります。リウマチの免疫を抑制しない限りは、Bリンパ球は、自分の免疫の遺伝子の一部を削除する事で、IgG抗体からIgE抗体へと作り変え、リウマチをアトピーに自然に変えるシステムを、内蔵しているのです。何故、このような面倒なシステムを、免疫は生まれつき持っているのでしょうか?侵入してきた異物が、生物か無生物かが、最初は判断できないので、まず、自分を殺す生物の異物だと見なします。すると、殺戮兵器であるIgG抗体を作ります。ところが、殺しきれない無生物の化学物質であると気がついた時に、初めて、アレルギーとして排除するために、IgE抗体を作るのです。従って、IgG抗体を作るのを、過剰反応と言うべきものなのです。後に過剰反応したことに気がついた時に、初めてIgE抗体を作って、処理出来ない化学物質を皮膚から出すのです。これをアトピーと言います。
従って、私のリウマチの治療は、単に自然な人体の免疫の働きを、回復してあげることだけなのです。医者も患者も、アトピーを過剰反応として毛嫌いしますが、これを正常な免疫の働きと言わずして、他に言いようがあるでしょうか?本当の過剰反応は、初めからIgE抗体を作らないで、IgG抗体を作る事だと言うべきです。従って、「人体に害を与える免疫反応」という、現代医学のアレルギーの定義は、間違いである事が分かります。
ちなみに、セレスタミンという薬は、ステロイドのリンデロンと、抗ヒスタミン剤のポララミンという薬が、合わさったものです。実は、核兵器であるステロイドと、通常爆弾である抗ヒスタミン剤を、合わせて一つにするのには、何の根拠もないのです。というのは、ステロイドのリンデロンは、いわば全ての免疫反応と全ての炎症反応を抑えきる、と言っても過言ではないものです。一方、抗ヒスタミン剤のポララミンは、マレイン酸クロルフェニラミンと言われるもので、痒みを引き起こすヒスタミンと同じ、アミン類に属します。つまりポララミンもヒスタミンの両者とも、痒みを起こす、同じ受容体に付着する事が出来る性質を、持っているのです。大量のポララミンを投与すると、ヒスタミンが付着する前に、先に、このポララミンが痒みを起こす受容体にひっついてしまいます。その結果、ヒスタミンが付着出来ず、一時的に、痒みが止まるだけなのです。従って、ステロイドが、抗ヒスタミン剤よりも、比較にならないほど圧倒的に、強力な免疫抑制力を有しています。つまり、核兵器を使う時に、通常爆弾を用いる愚かな戦術家はいないはずです。それなのに、何故合剤にしたのかというと、患者に薬の内容を聞かれた時に、痒み止めの抗ヒスタミン剤と言い逃れする為だと思われます。許し難いことです。
(コメント64)
ひどいアトピーを、大量のステロイド軟膏を使用することによって、皮膚から異物が出ないようにしてしまったのですが、何もアレルギー自体が治ったわけではないのです。一方、大気中には、無限の汚染化学物質が飛散し、気管支の粘膜や鼻の粘膜に、付着します。体中を循環しているIgE抗体は、今度は、これらの汚染化学物質を、仕方なく粘膜から排除する仕事に変えると、花粉症や喘息が起こるのです。実は、アトピーの炎症で、死ぬ事はないのです。一方喘息は、どんな人でも、6分以上も発作が続けば、必ず死にますから、重篤度は、アトピーの方がはるかに軽度なのです。アトピーの間にアレルギーを完治しておけば、喘息も起こりにくくなるのです。というのは、子供が最初に出会うアレルゲンは、母乳に含まれる農薬をはじめとする、あらゆる化学物質です。食べ物から入ってきたこれらの異物を、まずアトピーで皮膚から排除します。この時に出し切らないで、間違った免疫抑制剤を用いると、いわゆるあらゆるアレルギーが出現し、それだけ完治が困難になるのです。アトピーを完治すれば、他のアレルギーは極めて起こりにくくなるのです。赤ちゃんの間に、完治しておきましょう。松本医院で!!
(コメント65)
元来、病院というのは、病気を治す施設であったはずです。ところが実際は、現代の大病院はもとより全ての医院で、一番よく見られるアレルギーの全てを治すことが出来ないばかりか、リウマチも治す事が出来ません。それどころか、ステロイドを始めとする免疫抑制剤のために、副作用で、さらに病気が深刻になるばかりです。これは、何も病院だけではありません。例えば、勉強が出来る学校ほど楽しい所は無いはずなのに、子供たちは、果たして、嬉々として学校へ通っているでしょうか?学校は、子供たちに、知る事の喜びを伝授してくれる場所になっているでしょうか?近頃、大人の自殺が増えていますが、職を失ったからとか、事業に失敗したからといって、死ぬ事の方が、生き続けることよりも大切なのでしょうか?人生という社会は、もっと素晴らしいものがあるはずですが、誰も教えてくれません。つまり、全ての人が、それぞれの持ち場持ち場で、一人一人責任を果たすだけで、このような悲しみは減ってしまうのではないでしょうか?
(コメント66)
鼻炎のために、空気の通りが閉ざされて、いびきが生じるのですが、私の漢方で、簡単に症状はなくなってしまいます。こんなに簡単に、鼻炎、つまり花粉症などの症状が除去されるのに、ステロイドの筋肉注射を打って、ますますIgE抗体を増やし続け、他のアレルギーも出現させ、挙句の果ては、リウマチになる人も増えてきています。にもかかわらず、そのようなインチキをやり続ける耳鼻科が一番流行るという皮肉は、一体誰が責任を持てばいいのでしょうか?厚労省でしょうか?ステロイドは、生死を分かつ時だけ、仕方なく使うことは許されますが、他の場合は、絶対に使ってはならないのです。使うことによって、完治出来る病気までが治らなくなってしまうのです。分けのわからない症状をもった患者さんの多くが、何らかの形でステロイドを投与されていた事が、治療中にわかる事がしばしばあります。ステロイドさえ投与すれば、全ての病気の症状は、一時的には必ず良くなりますから、何でもステロイドという風潮が、医者の間にはびこっています。知らないのは、患者さんだけです。皮肉な言い方をすれば、あらゆる病気の中で、一番治療が困難なのは、ステロイドを注射されてきた人です。ステロイドの注射は、絶対してはいけません。
(コメント67)
初期の喘息も、私の漢方で、極めて簡単に症状が消失し、完治します。しかし長期に渡って、免疫抑制剤(ステロイド、免疫調整剤、抗炎症剤、抗アレルギー剤、抗ヒスタミン剤など、一時的に症状が良くなる薬は、全てそうであります。)などを使用してこられた人は、それだけ時間がかかります。とりわけアレルギーの中で、喘息だけが生死にかかわりますから、慎重にステロイドを抜かなくてはならないのです。ましてや、ステロイド注射をされたり、ステロイド薬のプレドニン・リンデロン・セレスタミン・プレドニゾロンを、大量に、長期に服用してこられた人は、まず、ステロイドを抜くことが大変です。というのは、人間が合成したステロイドは、患者の副腎皮質の働きを抑制していますから、すぐに止めることが出来ないのです。自分勝手に止めたりすると、ショック死することがあります。さらにリバウンド現象が重なり、新たなるわけの分からぬ病気が出現する上に、元の病気さえ治るのに長い時間がかかります。このように、ステロイドの影響を抜き去る仕事が、非常に困難になることがしばしばあります。言い換えると、私の仕事の全てが、他の医者が投与したステロイドの影響を除去する事であり、そのために、日夜奮闘していると言っても言い過ぎではないのです。ステロイドの副作用を、前もって言わなければ使えないという法律があれば、私の仕事は激減するでしょうが。
(コメント68)
この患者さんは、本当に全てのアレルギーを持っている人です。蕁麻疹も、アトピーの不発型と言ってもいいアレルギーであり、治すのは、アトピーよりもはるかに簡単です。しかしここでも、長期に渡ってセレスタミンというステロイドを服用させられてきた、蕁麻疹の患者さんが沢山います。このステロイドの影響を抜くのに、患者さんも私も、大変苦しむ事があります。ちなみに、セレスタミンは、ステロイドと抗ヒスタミン剤の合剤です。医者が患者に内容を言う時は、ステロイドと言わないで、抗ヒスタミン剤とか、痒み止めと言ってごまかします。気をつけて下さい。たとえ蕁麻疹が起こっても、のどの粘膜が腫れて息がしにくい事がない限りは、それほど心配する事はありません。ただし、乳幼児の蕁麻疹による喉頭浮腫(のどの奥の腫れ)には、特に注意してください。
(コメント69)
受診されて約10ヶ月で、血液データは正常に入ったのです。勿論、痛みは半年以内でほとんど消えてしまい、アトピーも、2ヶ月間程続いた後治まりました。まさに、私の理論を証明するために、リウマチになってもらった方です。このように急速に治療効果が出たのは、やはり何よりも、12年間のリウマチ闘病中に、絶対にステロイドを使わない決意を貫かれたからです。数多くのリウマチ患者さんの治療経過を診てきた私の印象では、ステロイドさえ使わなければ、例え罹病期間が長くても、1年以内には普通の生活が出来るようです。しかし、ステロイド注射を一本でも打ってこられた人は、まずクラススイッチがしにくいので、アトピーになりにくい上に、アトピーになった後でも、「自然後天的免役寛容」も起こりにくいのです。この意味でこそ、ステロイド注射を、絶対に許してはいけないのです。にもかかわらず、整形外科医がステロイド注射好きである事は、非難しても非難し過ぎることはありません。今、医療界で、何の説明もせずに、最も安易に、ステロイド注射をボンボンやっているのは、整形外科医です。耳鼻科医よりも、はるかに大量に、頻回に、ステロイド注射を、有無を言わさずやりまくっているのは、整形外科医です。注射の前に、必ず中身を聞いて下さい。中には嘘をつく整形外科医もいますから、その時はどうにもなりません。やはり、嘘をつけば罰せられるという法律を、作るべきです。
(コメント70)
今私は、数多くの20代の未婚の女性のリウマチを、どんどん完治しつつあります。私は、リウマチを完治するのも、アトピーを完治するのも、医者の仕事として当然と考えていますから、特に、大きな感興を感じません。しかしながら、これからの人生を築いていかなければならない、若い女性のリウマチが良くなっていくのを見る時に、本当に大きな喜びを感じます。その時こそ、若い女性に人生を取り返してあげていると感じることがあります。現在の日本に、100万人近くのリウマチ患者がいると言われていますが、その中の多くが、20代前後の若い女性です。とりわけ、私のこのホームページとの出会いが、出来る限り早く実現されるのを祈るばかりです。それでも、第三の人生をもらったと思ってもらうのも、医者冥利につきるというものです。本当は、本を書いて、私の医院を知らせてあげればいいのですが、そうすれば、私は早死にしてしまうでしょう。一人の医者が、毎日1万人を診る事は、可能でしょうか?
(コメント71)
インターネットには、あふれるばかりの膨大な情報が載せられています。例えば、アトピーとリウマチだけでも、様々な治療法がみられます。どれを信頼していいのかを、患者である素人は分かるはずもありません。私に言わせれば、インターネットに出ている、リウマチを含めたアレルギー情報で、唯一信頼できるのは、松本医院のホームページだけです。他の情報は、載せる価値もありません。しかし、誰がそんなことを知ることが出来るでしょうか?
立場を変えて、情報発信について考えてみたいと思います。何故、情報発信するのでしょうか?当然発信する側に、何らかの利益がもたらされるからです。自分が得にならないことをやる人は、誰もいません。人間の遺伝子は、あくまでも利己的な遺伝子なのです。従って、間違った情報を流して、他人からお金をせしめれば、2倍返しをするという法律を、国家が作れば、これで素人は騙されることはないのです。この法律が作られない限り、何時までも、大衆は騙され続けるでしょう。残念です。私のホームページにしても、嘘偽りだと考える人は、来る必要は無いのです。手記を書いてもらっているのは、言い換えれば、私の理論と実践が嘘偽りでない事を証明するためです。それでも信じない人がいるとすれば、やはり、嘘をついてお金を儲ければ、2倍返しをしなければならないという法律が無いからでしょうか?
(コメント72)
この文章を読んだ人なら、どんな人も、この文章を書いた人が、いかに才能あふれ、聡明過ぎるといってもいい人だということが、お分かりになるでしょう。彼女の喜びは、単にリウマチが治ったというよりも、むしろ、自分の才能を、死ぬまで思うままに発揮できるという自己実現の手段を、自分の掌に取り戻した点にあります。私自身も、若い頃に、20年間もの偏頭痛といわば嗜眠病(しみんびょう)で苦しみ、自己実現が不可能であった時代がありました。この方の喜びは、私がこの時代の苦しみを乗り越えた時に感じた喜びと、同じものだと思います。現在は、世界で一人、リウマチを含めた全てのアレルギーを治せる医者となった事を、誇りに思っています。
(コメント73)
人類の不治の病の一つであると言われている、リウマチを含めた全てのアレルギーを治す事で、患者の皆さんから感謝の気持ちを頂く事が、私のノーベル賞です。いずれにしろ、ノーベル賞が、定説を覆し、新たなる人類の福利を高める業績に対して与えられるとすれば、私は与えられる資格はあるでしょう。私が欲しくても、相手のあることですから、どうなるでしょう。ワハハハハハ・・・!!!!!東京から来られた、とても頭のいい、現在完治に近い、男性のリウマチ患者さんが、最近面白い話をしてくれました。彼の手記も、今書いてもらっているところです。彼が、何故私の医院に来たのかを、改めて聞きました。日本のリウマチ治療の最高権威である、東京女子医大のリウマチセンターや東京慈恵医大に行っても、「リウマチは治らない。治せる人がいたら、ノーベル賞が確実にもらえるほどの、難治な病気である。」と言われたから来たのだ、と伝えてくれました。東京女子医大と東京慈恵医大が、私をノーベル選考委員会に推薦してくれるでしょうか?
(コメント74)
リウマチを治してもらった患者さんにとっては、私の理論と実践(証拠)は、ノーベル賞以上のものです。何となれば、ノーベル賞は、リウマチを治す事が出来ないからです。その意味では、私は、毎日ノーベル賞以上のノーベル賞を、患者さんから頂いています。何れにしろ、ノーベル賞をもらおうがもらおうまいが、私がリウマチを治せるという事実は、どんな人も、絶対に覆す事が出来ないのです。この真実よりも重みのある、価値のある、真実は、どこを探せばいいのでしょうか?
(コメント75)
実は、アトピーの完治の理論と実践を確立するまでに、非常に長い時間がかかりました。しかしリウマチについては、それ程時間はかかりませんでした。リウマチがアトピーになって、最後は、リウマチも根本的に完治するということが分かった後に、「革命的リウマチの根本的治療法」が出来上がったのです。確かに、他の医者が使ったステロイドのために、非常に対応困難なリウマチ患者さんやアトピーの患者さんを前にして、そのリバウンドに対しどのように対処するのかについて、苦しんだ事があります。その時は、自分の命が縮まるのではないかと、私のみならず、周りの人達も心配してくれました。今では、治療経過の全てが分かっているので、どんな重症な患者さんも、ある程度まで、予後が推測できます。従って、心労の余りに倒れるということは、無くなりつつあります。しかし、毎日が闘いの日々です。
(コメント76)
世の中には、善人といわれる偽善者が多すぎます。私自身は、人が他人のために生きる事が出来る相手は、本能的には家族だけだと思います。あとは、ギブ・アンド・テイクの世界だと思います。世の中に間違いが多いのは、テイク・アンド・テイクの人が、実は多いからです。言い換えると、世の中には、マザーテレサのような、ギブ・アンド・ギブの出来る人は、極めて少ないという事です。責任をとるという事は、テイクした後、必ずギブすべきだということです。例えば、患者からお金を取るという事は、その患者の病気を治すという事です。残念ながら、現代の医療は、治すどころか病気を作っているわけですから、テイク・アンド・テイク・アンド・テイクであります。つまり、100%、無責任そのものです。私は、言うまでもなく、ギブ・アンド・ギブのマザーテレサの世界ではなく、ギブ・アンド・テイクの完全な責任の世界で、医療をしているものです。聞く人によっては、私の言葉はとても面白く、偽悪的に聞こえる事があるようです。このために、私は自分自身を、「偽悪家」と呼んでいます。従って、私は誤解を受ける事が多いのですが、何れにしろ、私は医者である前に、真実を重んじる人間でありたいのです。
(コメント77)
世界的に見て、日本は、病院が多い事で有名です。従って、新たに病院を作ると、ベッド数が多くなり、無理やりベッドの稼動率を増やすために、医療費が上がります。その為厚生省は、ほとんどの都市で、新規の病院の開院を認めていません。残念ですが。
(コメント78)
確かに、アトピーにしろリウマチにしろ、重症な人は、誰の助けも借りずに、自分ひとりで、ステロイドの影響を完全に抜き去ってしまう事は、非常に困難です。家族の援助が無ければ、絶対に無理な症例は、無数にあります。その為に、途中で私の治療を断念する人を、何人も見てきました。一方で、朝から晩まで治療に専念できた患者さんは、とりわけリウマチがそうでありますが、私の治療を始めた頃は乗り切れないのではと思った人でも、他の人の力を借りて乗り切り、人生を取り戻した人を、あまた見てきました。確かに、リウマチやアトピーの罹病期間が長く、ステロイドをたっぷりほうりこまれてきた重症患者よりも、軽症の患者の方が、仕事が遥かに楽に出来るので、私自身の負担が少ないのは、言うまでもありませんが。
(コメント79)
以下の素敵なファンタジーまで書いて頂いて、光栄の極みというものです。この患者さんは、リウマチが良くなった事を、本当に心から、偽り無く感じ入って頂いて、医者冥利に尽きる手記という以外に言葉がありません。リウマチは、100%、絶対に治るんです。言うまでも無く、私の理論と治療法だけで。
(コメント80)
最後に私も一言、治せない病気を治してあげれば、どんな医者も、これ程素晴らしい賛辞の手記を書いてもらえるんです。私は今、やっと癌に対して、本格的な勉強をやり始めています。リウマチやアトピーの治療も、癌の治療も、結局は、免疫をどのように理解し、意味付けるかであります。私の持論である「リウマチの人は、癌になりにくい」というのは、当然の事であります。何故かという問いに対して、完璧な答えが見つかれば、癌の根絶に大きな突破口を開く事になると、考え始めています。癌を治して、これ以上素晴らしい手記を書いてもらう日が来る事を楽しみにして、勉強を続けていこうと思います。
(コメント81)
この方は、ご自分の子供さんがアトピーで酷かった時に、充分な介護が出来なかった事を恥じていらっしゃるわけですが、何も母親がアトピーの治療をやる必要は無いのです。それこそ専門家であり、かつ国家が認める医師免許を持った医者がやるべきものであり、いかなる状況でも、最後まで責任を持ち、指導すべきは、医者であるわけです。治療経過中に、アトピーの状態が悪かったり治らなかったりしても、責任を持つべきは、母親ではなく医者なのですから、母親がおろおろしても、非難するに値しません。非難すべきは、治せない医者なのです。私は、何も暖かい手を差しのべたつもりは全くありません。ただ、ギブ・アンド・テイクの世界を完結するために、事実を伝えただけなのです。
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