「リウマチは治る」 谷中トメ子 58歳
今私はリウマチの治療を松本医院で受けて約1年、最近やっと先に光を見出すことが出来るまでになりました。
ここに至るまで幾度となく挫折しそうになりました。そのとき数多くの方の「手記」を読ませていたただき励まされ、勇気付けられてここまで来ることが出来ました。それで私も今辛い治療の中で闘っている皆さんの一助になればと思い、つたない「手記」ですが書かせていただきます。(この方は看護婦さんをしておられた方です。)
松本医院でリウマチの治療を受けると必ず治ります。これは大変なことです。今まではリウマチは治らないとされていた病気です。それが松本医院で治るのです。私が松本医院で治療を始めたのは平成14年4月19日のことです。それまではステロイド、抗リウマチ剤、鎮痛剤等薬漬けの毎日でした。それでも膝痛は酷く関節に水が溜まり水を抜いてステロイド剤の注入をしてました。痛みは緩和されず酷くなる一方でした。そんなある日一人の友人が「ステロイドを止めて漢方で治療しなさい」と言ってくれました。インターネットで「リウマチ→漢方」で検索するとかなりの情報が得られました。その中で「リウマチは治る」と書いてあったのが松本医院でした。「リウマチの根本治療」理論、患者さんの手記を何度も読み最後の望みをかけてまず電話しました。先生に代わられ、いろいろ話を聞いていただき治療を受ける決心をして平成14年4月19日受診しました。皆さんの手記で想像はしてましたが今までの病院とはかなり違ったイメージでした。今までの使用した薬を書き出して持参しました。ステロイドの多さにびっくりされてましたが「絶対治したる。」と大きな暖かい手で力強く握手をしてくださいました。何かほっとしました。「これで寝たきりにならなくて済む。でも、大変な勇気と覚悟が必要」と思いました。それから、地獄は始まりました。
ここで松本医院を受診するまでに使用していた一日分の薬を記します。(ステロイド他、いかに怖い薬か知って頂くためにも)
平成13年3月→ロキソニン3錠(鎮痛剤)
ボルタレン座薬(鎮痛解熱剤)
平成13年7月→プレドニン(ステロイド)5r
平成13年12月→プレドニン7.5mg
平成14年2月→膝関節注入2回(ステロイド剤)
静脈注射2回リメタゾン(ステロイド剤)
平成14年4月→リウマレックス(抗リウマチ剤)2r
一日2回朝、夕1週間に一度
これだけの薬を使用していたのでこれらの薬を止めて漢方に替えたときのリバウンドは皆さんの手記で知識は得てましたが現実になると大変なものでした。プレドニンは急に止めれないので7.5r→5r→2.5r→1.25rと1ヶ月かけて止めました。初診時よりプレドニン5r以外は今まで使用していた薬は全て止め、漢方を煎じ、薬湯に入り、鍼に通い自分で灸をする日が始まりました。膝はじめ全身が痛く動くのが困難極める状態、トイレに行くこと、風呂に入る、少しの食事を作る以外は殆ど寝てました。ベットからイスから立ち上がるのが何と辛いことか。涙が出そうになりました。その内肩が痛く食事が作れなくなり友人が惣菜等を作って持ってきて養ってくださいました。とてもありがたかったです。2ヵ月半位続き極限状態の時次女が大阪より名古屋勤務に替えて頂き自宅通勤になり面倒をみてくれました。精神的にも励みになり次女の食事も頑張って作らないと通勤に耐えれないと困ると思い頑張りました。(次女はそれまで20分の自転車通勤をしていた。家からは1時間40分かかります)。馴れぬ電車通勤、名古屋の猛暑、本当にくたびれたようです。次女には食事を作る余力はなかった。
7月の中旬ころより少しづつ動けるようになり、買い物もスーパーに車に乗せてもらい行くことが出来るようになった。盆が過ぎ久しぶりの松本医院受診。ドキドキしながら娘の運転で行きました。織田先生の「鍼」いろいろお話を聞いていたただきました。「灸」も指導を受けました。
織田先生のこの言葉が忘れられません。「辛い時は泣きながら漢方を煎じ、泣きながら灸を据えればいい」それまでは何が何でも歯を食いしばり「絶対泣かないぞ」と頑張って身も心もくたくたでした。この言葉を聞いて肩の力が抜け楽になりました。先生の診察「思ってたより元気じゃない」と云われまだまだ、がんばれると思った。少し遠くて大変でしたがとても良かった。先生はじめ皆さんから多くの元気を貰い明日からまた頑張ろうと家路に着きました。
それから2週間後血液の結果を聞きました。初診時の半分に改善してました。9月も半ば過ぎになり猛暑も峠を越えました。「灸」に精を出しました。それまでは自分ではしていたつもりですが織田先生に言わせると「全然やってない」でしたので暑いときは冷房を入れて一日何回もしました。出来ない膝の裏、右肩等は夫にして貰いました。「灸が私の仕事」でした。10月になり娘が1ヶ月の「松江出張」になりました。それでして貰っていた「風呂掃除、茶碗洗い、掃除等」を少しづつ時間が掛かってもするようになりました。辛いときもありましたが何とか出来ました。11月になり、少しづつ歩く距離が増え近くのスーパーに自分で行けるようになりました。とても嬉しかったです。傍に「ポスト」があり手紙が投函出来ます。助かりました。
12月25日4回目の受診自分でも少しづつ歩けるようになり気分的にも良くなってましたので先生にお会いするのが楽しみでした。先に鍼でした。織田先生が「元気になったね」と言ってくれました。初診時と同一人物とは思えないと言われました。自分でもそう思いました。初診時は「痛さ」の為、眉がつりあがり眉間に皴を寄せ悲壮感が漂っていたと思います。先生も同様のことを言われました。「痛み」は人格を変えます。12月の診察時は痛みもかなり緩和され表情も穏やかになっていたと思います。ここに来てやっと「峠は越えた」と思いました。これからは徐々に快方に向かうと確信しました。この時の血液の結果は血沈以外は正常でした。ただ、症状は必ずしも一致せず痛みは続きました。ステロイドの量が多すぎたので仕方ないと言われました。でも、「絶対治る、治したげる」と力強く先生に言われ頑張れました。
立春が過ぎ、暦の上では春でしたが今年の寒さはなかなか大変で何時まで待っても春は遠いでした。2月の終わりから「花粉症」の症状が酷くなり松本医院に電話し「漢方」を送ってもらいました。この頃「歯」が痛み出し今まで放置していた治療に通い始めました。かぶせた歯の根元に虫歯が出来、かぶせた詰め物が落下、破損してしまいました。歯を治療しに行く余裕が出来ました。
「彼岸」になりやっと少し暖かくなりました。すると今まで夢にまでみた「痛み軽減」現象が起こりました。嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。それまで、松本先生には「痛みはなくなる、リウマチは治る」と何回も言っていたただきましたが痛みが軽減しないものですから「松本先生はウソは言わない」と言ってたけど全然痛みは軽減しない、本当に良くなるのかな?と不信感が沸いてきました。(私は記憶力が抜群なので、後でばれる嘘はどうしても言えないのです。それでもこの世にばれない嘘があれば教えてください。一度そのような嘘を思い切りついてみたいものです。)毎日「灸」に頑張ってるのに「どうして痛いの?松本先生のウソつき」と思いました。(ごめんなさい。)(この方は痛みが続いたので何回か抗議めいた電話がありました。私は白黒をはっきり決める性質であるうえに、犯罪の原点である嘘をついていると思われるだけでもプライドが激しく傷つき耐えられなくなるので、彼女にしばしば言いました。「俺が嘘つきと思うんだったら、他の病院に行きなさい。」と。)それが「彼岸」から急に痛みが軽減し体が楽になり、気分も「ハイ」になりました。
3月26日薬を頼むため電話、初めて先生に「痛みが少しづつ良くなりました」と報告することが出来ました。長い月日でした。でも、松本先生を信じ「必ず治る」このことを念じて治療に専念した甲斐ががあったと思います。
4月に入り、暖かい日が続くようになると気分も晴れ、痛みも和らぎ、念願の愛車(マニアル車)の運転が出来るようになりました。自分で車の運転が出来ると「鍼」の治療は勿論、買い物にも自由に行け行動範囲が広がり毎日が楽しくなりました。はじめはクラッチの踏み込みが難儀でしたが慣れてくると楽になりました。本当にありがたいことです。4月20日一年振りにバス、電車に乗り、2時間の所へ趣味の「大正琴」の演奏会を聴きに行きました。来年は私もこの舞台で演奏しようと心に決めて帰ってきました。まだ、動作は不自由で痛みもありますが徐々に良くなりつつあります。
まだ、完治まで時間は掛かりますがここまで来れて何か先が明るくなりました。今までの辛い日々を松本先生をはじめ、夫、家族多くの方々のご支援でこれまでにしていただきました事に感謝いたします。これからもよろしくお願いいたします。(リウマチは必ず治るのです。いや、私だけが世界でリウマチを治してあげることができるただ一人の医者なのです。)