「リウマチ治療途中経過」渡辺容子 26歳

 

2004年2月25日

 

リウマチ治療途中経過 2004年2月 病歴8年 治療期間9ヶ月

 

《発病》

1995年2月(当時18歳 高校二年生の時)、急に左手首が痛くなり、整形外科に行きました。その時、腱鞘炎と診断されました。シップ薬が処方され、数日で治まりました。それから数日後、今度は右足の付け根部分が痛くなり、再び整形外科に行きました。その時、股関節炎と診断されました。同じくシップ薬が処方されました。それから、手首、股関節、背中、足の指等、日によって違う部位に、痛みが出始めました。そして、特に朝強くこわばったりし始めました。

これはおかしいと思い、家庭の医学書を読んでいると、“リウマチ”という病気が、自分の症状に似ていると思い、今度は母といっしょに内科に足を運び、血液・尿検査を受け、“リウマチ”と診断されました。金剤の注射を受け、心電図をとり、痛み止め、抗リウマチ剤を処方されました。

内科医に診断された時、いまひとつわけがわかりませんでしたので、家に帰ってリウマチに関する本を読みました。バキバキに変形した指の写真を見て、ショックを受けました。進行すれば寝たきりになったり、命にかかわることも稀にあるという文章をみて、怖くなりました。そして、現代医学では治療法がないことがわかり、悲しくなりました。両親もとてもショックを受けている様子でした。

父の提案により、リウマチに名を聞く病院に移ることになりました。移った病院でも、鎮痛剤と、抗リウマチ剤(リマチル)を処方されました。鎮痛剤を飲むと楽になり、普通に生活出来ました。しかし、鎮痛剤がきれると、痛みと重みがじわりと襲ってきました。「治らないということは、この先ずっと薬を飲み続けるのか。」そう思うと、とても不安になりました。

 

《重い生活》

父が、私の病気に効くものはないかと、いろいろ本を読んだり、知人から情報を集めたりしてくれました。そのおかげで、私は、ステロイド剤が恐い薬であるという認識を持ちました。ステロイド剤にだけは手を出さないように、なんとか進行をとめようと思っていました。病院から処方されている薬は、あまりあてにしていませんでしたので、民間療法や、サプリメント等を試す日々が始まりました。

 

 

試したもの

進行状況

高校時代

19942月〜19963月)

・ニワメイツ

(土佐清水病院)

    びわの葉温灸

    気功

・朝のこわばりがある

    足指・膝・右手人差し指中指・手首が腫れて痛みがある

    時々股関節が痛くなり、歩けなくなる。

 

大学時代

19964月〜20003月)

    食事療法

    半身浴

    ジナキシン

(ショウガエキスのサプリメント)

・玄米断食

    手首が固まって動かなくなる

    足指・膝・右人差し指中指が腫れて痛みがある

    時々股関節が痛くなり、歩けなくなる

    食事療法の先生の指導により、1998年リマチル・鎮痛剤共に服用を中止した。どうしても痛いときや大事な用事の時のみ鎮痛剤を服用した。

→ 痛み・体の重みが増す

家事手伝い時代

20004月〜20013月)

    ジナキシン

    ヨガ

    痛みのある個所は同じで、痛みの強さはあまり変わらない

    体が重い

専門学校時代

20014月〜20035月)

    キャッツクロウ

(植物サプリメント)

    ノニ

(植物サプリメント)

    ヨガ

    カイロプラクティック

    気功

    サメの軟骨

    肘が腫れて痛くなる

    右肩・右背中も痛くなってくる

    鎖骨下付近も痛くなってくる

    膝が少し楽になる

    体の重みがキツイ

    鎮痛剤を飲んでもあまり痛みがとれなくなってきた

 

あれこれと、8年間続きました。鎮痛剤を止めても、何とか生活は出来ましたが、それはとても重い生活で、専門学校時代にはピークに達していました。

膝が痛くて、階段が本当にイヤでした。体が重くて重くて、人が一の力でやることを十の力でやっている気分でした。足の指が痛いので、100歩歩けば100歩痛みを感じ、どっと疲れました。肘が痛くて、やらなければならないことが出来なくて、やりたいことも出来なくて、イライラして、周りがうるさく感じたり、鬱ぎみになったりしました。顔が洗えなかったり、洋服を脱がしてもらったりした時は、本当に悲しくなってしまいました。出来ない、しんどい、と考えていてもしょうがないので、よいしょっと動いてみても、すぐに重さに負けてしまいました。進んでも進んでも、何かに押さえつけられ、引っ張られている気分でした。そしてやっと床についたと思っても、また、あの重い、痛い、朝が来ました。

ああ、誰もわかってくれない。痛みや重みという、あまり見えない症状なので、そんな気持ちにもよくなりました。そして周りについていけないので、どうせ私は、と悲観的にもなりがちでした。

 

《松本医院との出会い》

専門学校時代、姉の紹介で、近所の針灸に通い始めました。針灸は、今まで試してきたものと、感触が違って、どこか芯に効いているという感覚がありました。「針灸治療は、体外に毒素を排泄する過程で、一時的に症状が悪化します。」と、説明を受けていた通り、膝や肘の痛みが増し始め、フラフラしたりして、学校をよく休むようになりました。「リウマチは、とても根が深い。やはり治りにくい。治療は長くかかると思います。」と、針灸の先生がおっしゃったので、私は、「学校を卒業出来るだろうか、働けるようになるだろうか、やはり、完治というのはないのだろうか。」と、不安になりました。

膝や肘の痛みが強く、学校を休んでベッドで横になっていた時、そんな不安がまたよぎりました。「リウマチ、ナ・オ・ル・・・そうや、インターネットで検索してみよう。」重い体を持ち上げ、パソコンの前に座り、探し始めました。治ってしまった人がいる、効果がある、症状が緩和する等、どれも頼りないものばかり。そんな中、ふと見つけた松本医院の文章は、完全に他の印象と違い、引き込まれるように、ホームページに入りました。

「完全に治る」

「根治する」

「絶対に治る」

興奮しました。夢中で読み漁りました。「スゴイ病院を見つけた・・・」私は両親に報告しました。「すぐ行こう」次の日、早速訪れることとなりました。

 

《松本医院》

2003年、514日、父と母と3人で訪れました。

漢方の臭いの立ち込める、決して広いとはいえない院内、やけに大きい意味深長な絵画、止まった時計・・・あやしい・・・!!!効く効くといって、いろいろ試しては、あまり効果のないものばかりに出会ってきた私は、疑い深くなっていました。そんな気分で、診察室に入りました。とりあえず、経過を話していたのですが、私のそんな疑わしい心境を、先生は鋭く察し、「怪訝そうな顔をするなら、他の病院に行け!」と一発目から怒鳴られてしまいました。そして、以前かかった医師の名前をあげると、しきりに「殺せ!殺せ!」と連呼しておられました。

「コワイ・・・」ずばり、第一印象はコワイ、の一言でしたが、ここで治さずして、ドコで治すかと思い、治療の指導を受けました。

 

《松本医院での治療》

とにかく治療街道まっしぐら、ご指導受けた通りにやることに、必死になりました。しかし、お灸はかなり手ごわいものでした。

 

針治療

快適でした。治療後体がだるくなり、寝ることがよくありました。

漢方

4番煎じまで飲みました。2,3,4番煎じで、プロテインを飲みました。はじめ苦かったですが、だんだんおいしくなってきました。

漢方風呂

30分つかりました。汗がよく出ました。湯冷めしにくく、ホカホカでした。長い間つかっていられない性分なので、本を読むようにしました。

お灸

気が遠くなるほど熱く、大変でした。もぐさをすえるのも大変でした。しかし、やった後、信じられないくらい痛みと腫れがひき、すっきりしました。一気にやるのが好きな性格なので、もぐさをすえてすえてすえまくり、ドミノ倒しのように一気に焼ききる方法をとっていました。一気に焼くと、どこが熱いのかわからなくなって、だんだん熱さが麻痺したようになっていくので、意外と熱さがましでした。治療中の患者さん、ひそかにお勧めします。本当に大変な作業でした。初めのころ、お灸をやったあとによくフラフラして、寝ることがありました。

 

※近所の針治療・・・お灸のやり方に反対がなければ続けて下さいとのことで、週2回、続けました。

    学校は休学しました。

 

《松本先生の診察》

「あなたの場合は、ステロイドを使っていないし、注射も打ってきていないので、リバウンドは少ないだろう。ただし、病気の期間が8年間と長いので、時間はかかると思います。もともとアレルギー性鼻炎を持っているので、その治療で、薬を使ったのではないだろうか。最終的には鼻炎も他のアレルギーも全て治ります。治したるで!」

暗くて、重たい私の目の前に、本当に光が指した気分でした。しかも、リウマチよりも、もっと長い間苦しん出来た鼻炎、それは私が物心ついた時から、ずーーーーっと、一心同体として共にしてきた、このセメントのような鼻までもが治るなんて、本当に夢のようだと感激しました。

 

《体の変化》

それは想像を越えるものでした。リウマチや鼻炎以外にも改善された部分がたくさんありました。東洋医学の凄まじさを目の当たりにしました。

治療を始めて、下痢・食欲不振・フラフラする・ムカムカする・不眠・お腹が張る・熱っぽいといった症状が出ました。先生がおっしゃった通り、リバウンドはほとんどありませんでした。

1ヶ月経った6月、急に体の重みが軽くなり、痛みも楽になり、腫れもひきました。それからまた痛くなったり、楽になったりを繰り返しました。

6月の終わり頃、足に痒みが出はじめました。歩いた後や、お風呂に入った後に、特に痒くなりました。背中も少し痒くなりました。9月頃まで続きました。

現在では、肘の痛みは残っていますが、その他の部位の痛みや体の重みは、治療前に比べて、半分以下にまでなりました。

痛み・腫れ・こり・重みの強さを10段階に区分して表にしてみました。

数値の変化

                    

                                      

                                      

 

 

動作の変化

:膝:

治療前

現在

    歩くと痛い

    階段の上り下りが痛い(特に痛いときは片足ずつ下りる)

    しゃがめない・立ち上がれない

    正座が痛い

    走れない

    坂道の上り下りがいたい

    椅子に座るとき、立ち上がるとき痛い

 

 

 

 

・全て楽に出来るようになる

:肘

治療前

現在

    顔を洗うとき痛い

    髪の毛を整えるとき痛い

    字を書くとき痛い

    重いものがもてない

    完全に曲がらない・伸びない

    うつぶせになって起き上がる時、肘をつけない

    楽に顔が洗える

    大分楽に髪の毛を触れるようになる

    字を書くときはまだ痛い

    前より重いものが持てるようになる

    まだ完全に曲がらない・伸びない

    うつぶせになって起き上がるとき痛みはあるが肘をつけるようにはなった。

:手首

治療前

現在

    数ミリしか動かない

    おつりをもらいにくい

(ひねられない)

  ・ 字を書くとき痛い

    3センチくらい動くようになった

    おつりを楽にもらえる

(大分ひねられるようになった)

  ・ 字を書くときはまだ痛い

 

その他によくなったこと

 

・肩こりがかなり楽になった       ・息がしやすくなった

・字を読みやすくなった         ・血色がよくなった

・肌がきれいになった          ・顔のむくみがとれた

・肌が白くなった            ・爪の色がきれいになった

・生理痛がなくなった(かなりひどかった)・ 手足が温かくなった

・背中の腫れがなくなった        ・イライラしなくなった

・足のむくみがとれて細くなった     ・朝起きやすくなった

 

アレルギーの数値の変化

 

 

正常値

5月17日

827

1210

 

抗核抗体(FA法)

40倍未満

80

80

40 

 

IE (非特異的IgE

170以下

  310

 159

  108

 

ハウスダスト 1

0.34以下

 0.84

0.50

 0.46

 

ハンノキ(属)

0.34以下

 1.50

0.98

 0.90

 

ヤケヒョウダニ

0.34以下

 0.75

0.47

 0.45

 

0.34以下

17.40

10.40

 8.73

 

gx5(イネ科)

0.34以下

1.93

1.15

 1.07

 

ex2(動物上皮)

0.34以下

0.52

0.34以下

 0.34

 

 

《明るい朝》

治療を始めて1ヶ月たった6月頃、重い重い体が、一気に軽くなったとき、放心状態になりました。体とは、こんなに軽いものなのか、こんなにも心地良いものなのかと、感激しました。そしてそれは、動きたい、と思うものになっていきました。その心地よさと、動きたいという衝動は、小学生の頃の体の感覚を思い出させるくらいでした。鼻がスムースに通る感覚は、生まれて初めてでした。本当にうれしくなることばかりでした。見慣れた景色が、静かになって、明るく、広くなった気分でした。8年ぶりに、すがすがしく迎えた朝に、本当に喜びを感じました。

 

松本先生へ

 

松本先生、本当に、ありがとうございます。

先生には、体をモーレツに楽にして頂いた上に、いろいろなことを感じ、学ばせて頂いたように思います。毎回の診察時の、嵐のように降りかかる先生のお言葉は、私を揺らし考えさせられることばかりです。第一印象はコワイ先生でしたが、今はカッコイイ先生です。飾らず、常に透明の目で感じ、見抜き、追求し、真実に生きる、カッコイイ先生。安心して船に乗っからせてもらってます。

どれほどの出来なかったことを出来るようにして頂いたか、どれほどの重いものを軽くして頂いたか、どれほどの暗い世界を明るくして頂いたか、どれほどの狭い世界を広くして頂いたか。いつのまにか出来るようになり、いつのまにか明るい所に立っていました。

歩きやすくなり、階段も楽に上り下り出来るようにして頂いたということは、どこにでも、遠くにでも行けるようにして頂いたということ、体の重さしんどさをとって頂いたということは、苦しんでいた時間を自由に使えるようにして頂いたということ、働き、遊び、人生を楽しめるようにして頂いたということ、健康にして頂いたということは、子供を産めるようにして頂いたということ、女としての人生も全う出来るようにして頂いたということ。

私は苦しかったとき、もし治らないなら、どのようにして生きようかと思っていたけれど、動ける、苦しくないということが、こんなにも目の前が広がっていて、素晴らしいことかと思いました。

よくして頂いた体を、大切に使っていこうと思っています。

病気になったことは、確かに苦しくつらいものでしたが、病気になったことで、いろいろ感じたり、考えたり、身についたことは、私にとっては、最高によかったと感じています。それはやはり、体が楽になったからこそであると思いますので、本当に先生には、感謝の一言につきます。そして何よりも、体が楽になったことと、それから広がっていく、希望のある深い喜びは、私の人生の中のかけがいのない存在であります。先生には本当に深く感謝いたします。これからも、気をぬかぬようにと思っていますので、どうぞ、よろしくお願い致します。

 

織田先生へ

 

織田先生、お世話になっております。まだまだ気を抜かぬように努力していきたいと思っています。先生の、刺さっているのか刺さっていないのかわからぬような、快適な針のテクニック、寒さに対するお気遣い、炸裂トーク、素敵な治療時間を味合わさせて頂いております。

治療に関しては、針は快適で、漢方風呂は本を読んでリラックスタイムだし、漢方はないと寂しいくらいおいしいし、プロテインも余裕で、つまり一番の醍醐味が、やはり、お灸です。それは果てしなく続くもぐさの道で、山積みのもぐさです。それは、自分との戦いとはいえ、やはり先生の存在は大きいです。どうしてもやる気のおこらない時浮かぶのは、実際に刺す針よりもはるかに太い針を胸に刺す先生のお言葉。甘ったれた頭にぶちこまれる極太の針。こわやこわや、なんて、途中、先生が敵なのか病気が敵なのかわからなくなったりしていましたが、自分のことではないかと反省して、日々取り組んでいます。先生の厳しさがなかったら、たくさんの量のお灸をしていなかったように思います。

しんどい時はしんどい時で、もぐさをたてるのがしんどいし、よくなってきたらよくなってきたで、やる気がうせてしまう、自分の弱さが見えてしまう究極の道のように感じます。厳しいだけに、そういう点でも、自分というものを観る、貴重な体験だなと思いました。気を引き締めて、これからも気を抜かぬよう、楽しくがんばって行きたいと思います。完治するまで、どうぞご指導よろしくお願い致します。

 

《これから治療をされるリウマチ患者さんへ》

私は8年間、様々な治療を試してきました。サプリメントでは、ニワメイツ・ジナキシン・キャッツクロウ・ノニ、民間療法では、気功・整体・カイロプラクティック・びわの葉温灸・食事療法・断食・半身浴・ヨガ・・・etc・・・どれもあまり効果がありませんでした。でも松本医院の治療は、即、体に変化がありました。そしてみるみる痛みも腫れも引いてきています。お灸は大変な作業だと思います。何といっても熱いです。先生の理論を読んで、血液をゴーゴーに流して、免疫力をアップさせるんだと理解しても、熱いものは熱いんです。本当にくじけそうになります。でもやっぱり、やったらやっただけ効果があると感じました。1人でも多くのリウマチ患者さんが、1日でも早く、痛みから解放されることを願っています。

 

 

 

 

「松本医院と出会って」渡辺靖子(渡辺容子の母)

 

平成16年2月25日

「平成15年5月14日、この日があって本当によかった。」と家族一同思っています。“リュマチは治る、治したるで!!”と、これほど力強い言葉を言って下さった先生があったでしょうか!痛さと身体のしんどさに耐えられず、何か見つかるのではと、本人がインターネットで探し出したのが、松本医院でした。

その日、雨が降っていました。“すぐ、行こう!”という主人の言葉で、私は着替えもそこそこに、車を走らせました。私たちの顔を見るなり、松本先生は“リュマチは治る病気や!”と言って下さいました。嬉しいお言葉でした。

振り返れば、娘が高校二年生の冬。手首が痛いというので連れて行った岡山の病院で、「お気の毒ですが、リュマチです。」と言われた瞬間、私は失意のどん底に突き落とされました。元気になってほしいとの家族の思いで、あらゆる民間療法に頼ってきました。けれど、それが効いているのか、効いていないのか・・・・。効いていたとしても、痛みを和らげているだけで、根本的に治っていないのではないかと、いつも不安な気持ちで過ごしてきました。階段を下りる姿、歩き方、座り方、立ち上がり方、娘のすべての動作を目にして、それは、つらいものがありました。知り合いから聞かれたときは、いつも「悪くなっていないけど、良くもなっていない」と、そういう言葉しか出ませんでした。

お灸、鍼、漢方薬と、安全で確かな治療で治して頂ける喜びは、何の疑いもなく受けいれられるものでした。そして待つ時間に読ませて頂いています手記、苦しみから喜びに変わっていく皆様の手記は、どんな小説よりも、どんなドラマよりも素晴らしいと、感銘を受けています。絶望と悲しみの中にあった私たちに笑って話せる日々をくださった先生に、深く感謝申し上げます。

娘は今、70パーセントまで良くなったといっています。100パーセント完治するまで、一同がんばりますので、よろしくお願いいたします。

 

娘へ・・・完治すれば好きなスポーツも出来るし、旅行も出来る、働ける、それは松本先生、織田先生、スタッフのみなさまのお陰だということを、決して忘れたらいかんよ。